この人に聞く
半導体製造の新しいスタイル
「ミニマルファブ」を通じて
半導体をもっと身近なものに
パソコン、スマートフォン、テレビなど、わたしたちの生活必需品を内側から支えているのが「半導体」です。これまでは大きな工場で大量生産されるのが一般的でしたが、小規模かつ低コストでの製造が可能な「ミニマルファブ」と呼ばれる革新的なシステムが注目を集めています。その開発までの過程や半導体を取り巻く環境について、2022年に株式会社Hundred Semiconductorsを創業した代表取締役の居村史人さんにお話を伺いました。
従来の半導体製造のイメージを覆す
「多品種少量」を実現する新概念
髙宮 まずは、貴社が推進する「ミニマルファブ」の概要についてご説明いただけますか。
居村 これまでの半導体製造は、東京ドーム4~5個分の広大な敷地に工場を建て、数百万個単位のチップを大量に生産するというビジネスモデルが一般的でした。今年2月、台湾の半導体企業Taiwan Semiconductor Manufacturing Company(TSMC)が熊本県に工場を建設したことを思い浮かべていただくとわかりやすいでしょう。この製造方法は、「mega(巨大な)」と「fabrication(製造)」を組み合わせて「メガファブ」と呼ばれますが、その対極にある概念が、われわれがめざす「ミニマルファブ」です。
ミニマルファブとは、小規模かつ低コストで半導体の製造を実現する考え方です。使用するウエハー(半導体の基板となる薄く平たい板)の直径には、主流の12インチ(300mm)ではなく、ハーフインチ(12.5mm)を採用。これによって、高さ144cm、幅30cm、奥行き45cmというコンパクトな装置で、半導体を製造することが可能になりました。オフィスの一角に装置を並べれば、それだけで半導体工場として十分に機能するというわけです。
髙宮 半導体工場というと、清潔なクリーンルームで白衣を着た作業員が働いているイメージがあります。ミニマルファブには、その空間も必要ないということですね。
居村 はい。大規模工場では、空間全体でチリやホコリの発生を抑える必要があるのに対し、ミニマルファブでは、半導体の製造で必要な箇所でのみクリーン化を行うため、特別な設備は必要ありません。半導体の製造過程では、大量の電気や水が必要なのですが、ミニマルファブは膨大な電気代がかかるクリーンルームを必要としないので、コスト面だけでなく、環境面の負担を大幅に削減できます。
髙宮 それは画期的ですね。ほかにもメリットはありますか。
居村 ミニマルファブは大量生産には不向きですが、その分、メガファブが苦手とする「多品種少量」「変種変量」「単品種生産」に対応できるという強みがあります。言い換えれば、汎用性の低い特殊な半導体も、クライアントのニーズに合わせて柔軟に製造できるということです。たとえば、航空宇宙分野で使われる半導体は、放射線への耐性が求められるため、特殊なつくりのものが多く、その一つひとつをメガファブで開発するのはあまり現実的ではありません。その点、ミニマルファブであれば、クライアントの要望をていねいに拾いながら、オーダーメードの専用チップを製造できます。将来的に、企業にミニマルファブを導入してもらえれば、開発からクロージングまですべて社内で完結できるようになるでしょう。あるいは、航空宇宙分野に特化した半導体製造会社が誕生するかもしれません。いずれにせよ、必要な半導体を、必要な仕様で、必要な量だけ調達できる世界を実現するというのがわれわれの目標です。
髙宮 この装置の開発にあたっては、デザインにもこだわったと伺いました。
居村 ミニマルファブの創出発明者で、弊社のCTO(最高技術責任者)である原史朗と、国産の人気スポーツカーを手がけた工業デザイナーが議論を重ねて、このデザインが生み出されました。外装の色には高級感を感じさせるパールホワイトを採用し、ロゴには「ミニマルフォント」というオリジナルの字体が使われています。新しいプロダクトを世の中に広く普及させるためには、テクノロジーの革新性はもちろんのこと、人を魅了し、親しみを持ってもらえるデザインであることも非常に重要だと考えたからです。
髙宮 ちなみに、この装置を導入するにはどのくらいのコストがかかるものなのですか。
居村 現在、数十種類ある装置の1台の平均価格は3000~4000万円と高額ですが、今後は中小企業や町工場でも導入しやすいように、自動車と同じ価格帯にすることが目標です。そうすることで、現実的な設備投資の選択肢の一つとなりますし、さらには「この前まで理髪店だったところが、今は半導体屋さんになっているね」という会話が街中で聞こえてくるくらい、半導体製造が身近に感じられる環境を、日本のみならず世界でも実現していきたいと思っています。
大学時代から技術の社会実装が目標
価値転換の使命を感じ会社を設立
産業技術総合研究所の臨海副都心センターに設置されたミニマルファブ。オフィスフロア程度のスペースに収まり、装置のレイアウトも柔軟に変更可能です
髙宮 居村さんのこれまでの経歴と、会社の設立に至った経緯を教えてください。
居村 わたしは長崎県の佐世保工業高等専門学校を卒業後、熊本大学・大学院で半導体製造技術の研究を専門としていました。その後、産業技術総合研究所(産総研)に所属して、半導体の超低消費電力、かつ演算処理能力の向上を目的とした3次元積層技術の研究を行ってきました。わたしが半導体の研究にかかわるなかで一貫して考えてきたのは、「この技術を研究開発にとどめるのではなく、社会実装につなげて世の中の役に立ちたい」ということです。しかし、半導体製造があまりにも巨大な産業として成熟してしまったばかりに、研究と産業の間には大きな隔たりが生まれていました。学会で発表する際にも、質疑応答で他の研究者から「その研究を産業にどう発展させられるのか」と問われて答えに困ったものです。小さい技術を、小さいまま社会実装できないかと模索していた矢先に出合ったのがミニマルファブです。
CTOの原史朗は、産総研におけるわたしの師でもあります。2012年に原と出会い、彼のめざす世界に感銘を受け、開発に参加しました。先端の技術力という意味では、大企業とわれわれとの間に大きな差はありません。そこで、従来の半導体製造の潮流の逆をいく「スモール製造」「スモールビジネス」を成立させることができれば、世の中をもっと便利に、豊かにできると考えました。
また、以前から付き合いがあり、ミニマルファブに賛同してくれていた会社の一つが、ハーフインチウエハー事業から撤退すると聞いたことも、「この技術を絶やすことなく、社会実装につなげたい」という気持ちに拍車をかけました。弊社の創設日は2022年の12月5日です。これは、ハーフインチの口径が12.5mmであることに由来します。
髙宮 貴社のほかにも、ミニマルファブに携わる会社があるのですね。
居村 はい。これは弊社だけの独占的な技術ではありません。ミニマルファブは、産総研が創出し、一般社団法人ミニマルファブ推進機構に参画している約150社が個々の技術の強みを持ち寄って開発された総合技術です。日本流の困難を克服する粘り強い意思の技術者の魂が込められています。
髙宮 社名にはどんな思いが込められているのですか。また、これからの社会におけるミニマルファブの使命についてもお聞かせください。
居村 「Hundred」には、多品種、多様性という意味を持たせ、そこに半導体を表す英単語「Semiconductors」をつなげることで、何に従事している会社かが一目でわかるように命名しました。いうまでもありませんが、大量生産には大量生産の良さがあり、メガファブにしかできないものづくりがあると思っています。しかし、世の中からさまざまな半導体が求められているなかで、そのすべてを巨大なシステムで製造する必要はありません。CTOの原と初めて会ったときに印象的だったのは、「世の中で半導体だけが1個から受注生産できない」という話です。たとえば、自動車産業ではカスタムメイドで実績を上げている会社があるのに、半導体だけオンデマンドのビジネスモデルを確立できないのはおかしいというわけです。それは「半導体産業が成熟しすぎた弊害」といえます。職人が少量生産でものづくりをして、それが“一点もの”として重宝される世界があるのだから、半導体もそうあるべきですし、その価値転換を誰かがやらなくてはならない、そこに弊社の使命があると考えています。
“農業少年”だった幼少期
高専進学が人生の大きな転機に
髙宮 そもそも居村さんはどのような幼少期を過ごしてこられたのですか。
居村 わたしの実家は、長崎県・島原半島のジャガイモ農家です。中学生までは“農業少年”で、ハイテクの半導体とはまったく無縁の環境で育ちました。農業が嫌いになったというわけではありませんが、何か人と違ったことがやりたいという性格ですので、「違う世界に身を置きたい」という思いから、佐世保高専に進学しました。それが人生の大きな転機になったと思います。
しかし、今振り返れば、農業と半導体製造には共通するものがたくさんあると感じます。一つひとつの地道な工程を経てものづくりをめざすという意味では、ミニマルファブも農業も根幹にある精神は同じであるといえるでしょう。
髙宮 最近は、校内に3Dプリンターを設置し、生徒たちに自由に使わせている中学・高校も珍しくありません。貴社の装置も学校教育に取り入れることができれば、未来の半導体製造にかかわる人材の育成に大きく役立ちそうですね。
居村 わたしが課題意識を持っているのが、まさにそこです。半導体工場というのは、ブラックボックスです。そこで何をやっているのか、外からはなかなかうかがい知ることができません。これでは、次世代を担う若者たちが、半導体に具体的なイメージを描けないのは当然のことです。そこで、半導体とはどんなもので、どのように製造されるのか、広く周知する場を積極的に設けたいと考えています。
その一つのモデルとなっているのが、わたしの母校である佐世保高専です。佐世保高専は、早くから実践的な半導体人材の育成に力を入れ、ミニマルファブにも関心を示している学校の一つです。そこで、ミニマルファブ推進機構から装置を借りて、学生に実際に見て触って、作業をしてもらっています。佐世保高専には機械工学、電気電子工学、電子制御工学、物質工学の四つの学科がありますが、いちばん興味を持ってくれたのは、意外にも機械工学科でした。生徒が「こういう機構があるんだ」「こうして制御しているんだ」と目を輝かせて作業に取り組む姿は印象的で、今後は最低でも各都道府県に一つずつ、このような体験ができる場をつくることを目標にしています。
髙宮 それは生徒にとって貴重な経験になりますね。
居村 伝統的に、九州工業大学や豊橋技術科学大学で、半導体製造の全工程を公開する試みを行っています。アメリカの大学では、学部の1年次からこのような研修に参加できますが、日本ではまだ一部の大学でしか実施されていません。そういう点では、日本の教育は後れを取っているといえます。最終的に半導体事業に携わるかどうかにかかわらず、産業構造を知るための第一歩として半導体を学ぶことは、けっして無駄ではありません。仮に自動車や家電などのメーカーに就職したとしても、「この技術を実現するために、こういう半導体を開発できないだろうか」と踏み込んだ提案ができるからです。
昔の人たちが、旋盤などの工作機械を覚えて日本の工業化を支えていったように、半導体分野でも、われわれが若者の教育に力を入れ、こつこつと畑を耕していくことで、10年後には「半導体=ミニマルファブ」という意識が世の中に浸透しているといいなと思っています。
- 24年12月号 この人に聞く
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