子育てインタビュー
入試問題にも登場した児童文学作家からのメッセージ

「希望につながる扉がきっとある」
子どもを主人公にした物語の世界
デビュー作で児童文芸新人賞を受賞し、幅広い読者層から支持されている児童文学作家の村上雅郁さん。その作品は数多くの中学校の入試問題にも出題されました。現代社会に生きる子どもたちを主人公にした物語を通して、子どもに何を伝えたいのでしょうか。また、大人はそんな子どもとどう向き合えばいいのでしょうか──。物語に込められた思いを伺いました。
「絶対的に強い」立場の大人は
子どもの声にもっと耳を傾けるべき
広野 『かなたのif』は、主人公の個性を丸ごと受け止めるお母さんのおおらかさが印象的ですね。
村上 ああいったお母さんだと伸び伸び過ごせるのではないでしょうか。発達に特性のある子の行動に、大人があたふたして叱り続けると、居場所がなくなってしまいます。自尊心が低下して、二次障害が出ることもあります。特性を受け入れる大人に囲まれたら、彼らは生きやすくなるし、二次障害も出にくいはずです。そういう希望を込めて書きました。
広野 発達に凹凸がなくても、思春期を迎えるころになると、「もっと心を開いていろいろ話してくれたらいいのに」と悩む保護者の方が増えます。
村上 子どもが話してくれない、心を開いてくれない場合、大人はまず、子どもからの信頼を失っているのではないかと、自身を省みたいところです。保健室登校の子どもたちと話していると、「どうせ言ってもわかってくれない。だから話さない」といったあきらめまじりの発言をよく聞きます。『りぼんちゃん』では「小さながっかり」と表現しましたが、意識しないうちに大人は小さな裏切りを積み重ねてしまっているのではないでしょうか。きちんと話を聞いてほしがっているのに、別なことで忙しくて振り向かないとか、子どもの悩みに対して、悩みそのものに応えるのではなく、その子の未来に対する大人が作り上げた不安に対処してしまうといったことですね。たとえば、子どもが楽しく絵を描いているのに、「この子の将来が心配だから」と、「絵ばっかり描いてないで勉強しなさい」などと言ってしまいます。
大人には大人の事情や気持ちがあるでしょう。ただ、大人と子どもでは、圧倒的に力関係が不均衡で大人側が絶対的に強いことを忘れないでほしいと思います。子どもは「力の強い大人にその場の空気を決められ、正しい・正しくないということを判断されてしまう」と考えるものです。そうした関係のなかでは、意識的に子どものことばをすくい上げていかないと、子どもは大人に対してものを言うことをやめてしまいます。
広野 なぜ中学受験をするのか、学校を選ぶ基準は何かといったときも、親子でしっかり話し合ってほしいですね。そうすれば、結果の如何にかかわらず、その子にとってよりよい道に進めると思っています。
物語の世界を通して
他者との共生を考えてほしい
広野 最新作の短編集『ショコラ・アソート あの子からの贈りもの』は、さまざまな過去作に登場したキャラクターにスポットを当てた、おもしろい構成の本です。
村上 『あの子の秘密』のサブキャラクターの美咲をもっと掘り下げて書きたいと思って企画した本です。美咲や『キャンドル』の瑠璃など、登場人物はいずれも作品発表から4〜5年ぐらい経っており、もう一度向き合うのに時間を要しました。わたしにとって、登場人物は「創る」のではなく「観察する」に近い存在です。物語世界は今ここにないだけで、きっとどこかにあるという意識が自分にあります。パラレルワールドを超えて、目を凝らして探っていけば、きっとその子に出会えるという意識です。書き終わったときに、絶対にこういう子はいるという感触があるところまで行けないと、やはりリアリティーが出ないなといつも思っています。『ショコラ・アソート』でこれまでの作品にひと区切りがついたので、次はどんなことにチャレンジしようかと考えているところです。
広野 作品を通して、子どもたちに何を伝えていきたいとお考えですか。
村上 多様な人々が共生するにはどうしたらよいのか、それを考える切り口を見せたいという思いがあります。もちろん、自分の考えを押し付けるつもりはありません。みんながんばって生きているわけですから、やはり読んで楽しんでくれたら、それがいちばんです。そのうえで、生きていてしんどい子が、「こう思っていいんだ」「これをしんどいって言っていいんだ」と思ってくれると、うれしいですね。
たとえば、『きみの話を聞かせてくれよ』という作品では性加害というか、ジェンダー的ないじりをされる男子や、他人の悪口を聞くのがつらい子が登場するのですが、「この問題を取り上げてくれてうれしかった」という読者の声が届いています。今後も、「侮られている痛み」のようなものを拾い上げていきたいと考えています。一冊の本で読者全員は救えませんが、「いろんな種類の物語がたくさんあれば、どれか一つが誰かの支えになるかもしれない。そして、それが生き抜く力となり、いつか希望の扉を開くことにつながるはずだ」、そんな思いで物語を書き続けていきます。
広野 たくさんの本を読み、さまざまな世界に目を向け、それについて考えを深めてほしいですね。本日はありがとうございました。
※文中で紹介した村上雅郁さんの書籍はいずれもフレーベル館から刊行されています。
『かなたのif』
村上雅郁 著
フレーベル館 刊
1,650円(税込)
友だちのいない香奈多と友だちをなくした湖子。中1の二人が出会ったのは秘密の場所。それぞれの夢と現実は重なり、二人の物語がつむがれていきます。物語をなぞるように重ねた「もしも」のはてで、二人が見つけた宝物とは──。ファンタジーのようなSFのような、女の子と女の子の出会い。夢と現実のあわいに揺れる物語を楽しんでください。
『ショコラ・アソート
あの子からの贈りもの』
村上雅郁 著
フレーベル館 刊
1,650円(税込)
『あの子の秘密』の美咲、『キャンドル』の瑠璃、『かなたのif』の祐実、『りぼんちゃん』の沙希、『きみの話を聞かせてくれよ』のくろノラと、5作の物語のサブキャラクターが本作では主人公に。「あの子のことをもっと知りたい」と思わせてくれた登場人物それぞれの「好き」の物語です。本作を読んで5作を読み返すと、新たな発見や感動が生まれます。
- 25年5月号 子育てインタビュー:
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