子育てインタビュー
入試問題にも登場した児童文学作家からのメッセージ
「希望につながる扉がきっとある」
子どもを主人公にした物語の世界

村上 雅郁さんMurakami Masafumi
(むらかみ まさふみ)●1991年生まれ。鎌倉市に育つ。2011年より本格的に児童文学の創作を始める。第2回フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作『あの子の秘密』(『ハロー・マイ・フレンド』改題)にて2019年にデビュー。2020年、同作で第49回児童文芸新人賞を受賞。2022年、『りぼんちゃん』(フレーベル館)で第1回高校生が選ぶ掛川文学賞を受賞。著書に『キャンドル』『きみの話を聞かせてくれよ』『かなたのif』『ショコラ・アソート あの子からの贈りもの』(いずれもフレーベル館)など。
デビュー作で児童文芸新人賞を受賞し、幅広い読者層から支持されている児童文学作家の村上雅郁さん。その作品は数多くの中学校の入試問題にも出題されました。現代社会に生きる子どもたちを主人公にした物語を通して、子どもに何を伝えたいのでしょうか。また、大人はそんな子どもとどう向き合えばいいのでしょうか──。物語に込められた思いを伺いました。
気持ちの逃げ場だった執筆活動
受賞を契機に児童文学作家の道へ
広野 村上さんの作品は、中高生を中心に多くの読者から支持を受け、中学入試で国語の問題文にも取り上げられています。まずは、児童文学作家になったいきさつからお話しいただけますか。
村上 わたしは、それまで成績は良かったものの、中学1年生のころから不登校になりました。2年生のときにいったん復学し、受験をして地元の高校に進学したのですが、結局、高校でまた不登校になりました。その後は高卒認定試験に合格して通信制の大学に進み、20歳になった年の春に「何か書いてみようかな」と思い立ちました。自分が落ち着くためというか、気持ちの逃げ場として小説のようなものを書こうと考えたのです。
書き始めてみて、「これは大人向けの話ではないな」と感じたので、あるとき、日本児童文学者協会が主催する長編児童文学新人賞に作品を送ったところ、一次選考を通過しました。そこで、「児童文学として、それほどずれたことはしていないんだな」という手応えを得て、その路線で書き続けることにしたのです。そして、2019年に第2回フレーベル館ものがたり新人賞で大賞を頂き、その作品を『あの子の秘密』として出版するために何度も書き直すうちに、「プロの作家として、子どもたちが読むものを書き続けていこう」という意識が芽生えてきました。
広野 村上さんの作品には、心を閉ざした子どもがよく登場しますが、ご自身の体験が反映されているのでしょうか。
村上 そうですね。特に2021年に出版した『りぼんちゃん』は、ほとんど自分にあった出来事が反映されています。わたしの親は不安が強いタイプで、「勉強しなければいけない」「男の子は野球かサッカーをしないとだめだから、少年野球をやりなさい」などと言うものですから、1週間ずっと勉強と習い事という生活を送っていたんですね。それでは体力的に無理が出てくるし、中学に入るころには自我も芽生えてきて、「このままずっとタスクをこなしていかなくてはいけないのか」と、トンネルに入っているような気持ちになり、体が動かなくなってしまいました。
子どもは親に愛されたいし、期待に応えたいという思いが強いものです。一方で、その子の特性や生まれ持った能力がありますから、課せられるハードルが高すぎると、気持ちが折れたり、親子関係が悪くなったりすることもあります。親が不安で揺れると、子どもにすごく影響するものなのだということをずっと感じていて、その思いは作品に強く反映されています。
子どもたちを取り巻く
現代社会の問題に焦点を当てる
サピックス教育事業本部
本部長
広野 雅明
広野 デビューが決まって、子どもという読者の存在を意識するようになって、どんな変化がありましたか。
村上 物語に共感し、心が動くのは、登場人物と少なからず似たものが読者自身の内面にあるからです。だから、ここにいる登場人物たちをきちんと大切にできなかったら、その先にいる読者の心を傷つけてしまうかもしれないと考えるようになりました。物語ですから、登場人物に難題をぶつけますが、最終的には前を向ける状態まで連れていくのが作者の役目だと思うようになったのです。そのころから、社会的な問題や子どもの権利などにアンテナを張るようになりました。今は執筆活動と並行して、地元の学童保育での見守りや保健室登校の子どもたちの支援活動などにも携わっています。
広野 現実の世界でも、子どもたちときちんと向き合っているのですね。
村上 児童文学は、子どもが主人公の物語を大人が書くという特異なジャンルです。子どものことをすべて理解するのは難しいし、自分の子ども時代を書いたとしても、ジェネレーションギャップだってあります。だから子どもから大人まで読めることを担保したうえで、大人と子どもの力関係において常に子どもの側に立つことを意識し続けようと心がけています。
広野 発達障害、イマジナリーフレンドなどの心理的なモチーフも取り上げられていますね。
村上 前述した『あの子の秘密』ではイマジナリーフレンドを通じて、内側に他者性を有することで周りにバリアーを張っている子というものを思い描き、その世界に入るにはどうしたらいいのかというところから物語を考えました。
一方、昨年6月に上梓した『かなたのif』には、多世界という概念を導入しています。子どもたちはアニメや映画で「パラレルワールド」といったことばになじんでいるとは思いますが、その世界観を子どもたちの生活により身近な場所に取り入れたらどうだろうかという試みです。いろいろな読み方があるでしょうが、「物語を読むことは別の世界をのぞき見ることだ」と子どもたちに伝えたくて、書き上げました。
また、この作品には発達に凹凸のある子が登場します。そういった子は、社会の仕組みにうまく適応できず、「障害児」という枠で括られがちです。しかし、今はニューロダイバーシティ、脳の多様性という概念もあります。変わるべきは社会なのではないかと問い掛けました。この作品の執筆にあたっては、療育などにも携わっている明星大学教育学部の星山麻木先生(保健学博士)の協力を仰ぎ、キャラクターの描写に違和感がないか、専門家の視点からチェックしていただきました。教室などの枠組みに無理に順応させるところから問題は起こると星山先生に伺って、そこを意識して書いています。
- 25年5月号 子育てインタビュー:
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