子育てインタビュー
動物行動学者が勧める博物館の楽しみ方
学術標本の写真と実物を見比べて
さまざまな“気づき”を得てほしい
東京大学所有の学術標本を写真家の立木義浩さんが芸術的な感性で撮影した作品を集めた特別展が、東京・丸の内のKITTEにある「インターメディアテク」で開催されています。今回は、インターメディアテクの研究部門に所属し、自身も動物行動学者として知られる松原始さんに、特別展に寄せる思いや、研究テーマであるカラスの生態などについてお話を伺いました。
幼いころの体験からカラスに興味
身近にいるのに不思議がいっぱい
広野 先生の専門は動物行動学で、なかでもカラスの研究が有名です。何をきっかけに、カラスに興味を持たれたのですか。
松原 最初の記憶は小学校に上がるかどうかというころのことです。実家の近くの奈良公園にカラスのねぐらがあり、夕暮れになると何百羽ものカラスが家の上空を飛び越して、カーカーと鳴きながら帰っていくのが日常風景でした。あまりににぎやかなので、子ども心に「下からカーと言ったら返事をするかな」と思って呼び掛けてみたら、なんと返事が返ってきたのです。それが「カラスっておもしろい鳥だな」と思ったきっかけです。
本格的に観察を始めたのは、大学3年のころからで、卒業研究では、「カラスは人間の性別や体格によって行動を変えるか」をテーマに取り組みました。1年間ひたすら公園でカラスにパンくずをやりながら観察するうちにますますおもしろくなり、いっそうのめり込んでいきましたね。
広野 カラスはわたしたちにとっても身近な存在ですが、あらためてどんな特徴があるのでしょうか。
松原 都内でよく見かけるハシブトガラスは、実はもともと森林に生息し、動物の死骸や動物の食べ残しを利用する自然界の「スカベンジャー(掃除屋)」的な存在でした。ただ、カラスは人間の作り出した環境に適応するのが非常にうまい。都会でも人間の食べ残し、つまりゴミを食べることで環境に適応しています。動物の死骸より人間が出すゴミのほうがおいしいのかもしれません。もっとも、近年はゴミ出しの際にネットやダストボックスを利用するなどの対策を進めたため、都内のカラスの数は2003年をピークに減っています。
広野 幼いころに興味を持たれたカラスとの会話は、実際にできるのでしょうか。
松原 エサを見つけたカラスが「集まってこい」と仲間に合図したり、集まったカラスが1羽ずつ周波数の異なる声を出して名乗り合っているかのような行動をとったりしていることは研究でわかっています。互いの声、姿の違いも把握していて、顔と声が一致する知り合いが100~200羽いるだろうとされています。
広野 ニホンザルのように群れをつくったり、序列が決まっていたりするのですか。
松原 強さの順位はありますが、そのメリットは真っ先にエサにありつけることくらいです。明確な序列はなく、群れも出入り自由です。若いカラスは、エサを探しやすいから何となく一緒にいるだけで、大人になると1組のペアになり、それぞれのなわばりを持ちます。
広野 山の中のカラスと違いはあるのでしょうか。
松原 ハシブトガラスは本来、森林で生息することもあり、十数年前から埼玉県秩父地方や群馬県妙義山などでの観察を進めていますが、都会のカラスと違って山のカラスは、とても用心深くて静かですね。人間への警戒心が強く、まったく近づけません。カラスの探し方を見つけるのに3年かかったくらいです。観察データをもとに、これから研究を進める計画です。
身の回りにもたくさんの研究対象が
親子で一緒に歩いて探してみよう
広野 サピックスにも研究者になりたいと考えている子どもたちがたくさんいます。ぜひ、アドバイスをお願いします。
松原 国立科学博物館で「ヤマイヌの一種」として保管されてきた剥製が、実はニホンオオカミであることが今年になってわかりました。見抜いたのは小学生です。また、一般人によるSNSへの投稿をもとに、ダニの新種が発見された事例もあります。わたしたちの身の回りにはさまざまな生き物がいて、自分の目と足を使えば、今からでも研究を始められるというおもしろさがあります。特に鳥は、顕微鏡のような特別な器具がなくても、肉眼で観察できます。研究テーマもいろいろありますよ。「鳥にも言語がある」「頭がかなりいいらしい」といったことは最近になってわかってきたことです。「気候変動によって渡りの様子が変わってきているのではないか」「エサの分布が変わって繁殖の時期がずれてきているのではないか」なども話題になっています。そういった発見が、あなたの目と足を使ってできるかもしれない。昆虫などは種が非常に多く、まだ10%程度しか確認されていないといわれています。発見の余地がまだまだあるということです。そうしたおもしろいテーマが目の前に転がっているのですから、目を向けないのはもったいないことです。
役に立つ研究をしようなどと考える必要はありません。「これは何だろう」という好奇心のおもむくままに動きましょう。人類は好奇心に突き動かされていくうちに、いつの間にか発展したのです。そうやって生まれた1000ある発見のなかから一つくらいは役に立つものが見つかるかもしれません。科学はそれでいいのです。
広野 東京には意外に豊かな自然が残っていますから、観察する場所はたくさんありそうです。
松原 江戸時代の寺社や武家屋敷の跡地が公園に転用されたので、緑が多いのでしょうね。都心でもカラスやタヌキが見られるのはそのおかげです。サワガニやカブトムシが潜んでいる場所もありますよ。そうした自然を探して親子で歩く、あるいは博物館などが実施する専門家によるガイドツアーに参加するのもお勧めです。
広野 知的好奇心を刺激する場を、親子でたくさん共有してほしいですね。本日はありがとうございました。
© Yoshihiro Tatsuki / UMUT
立木さんが撮り下ろした東京大学総合研究博物館の学術標本50点前後を展示。「アート&サイエンス」の融合をコンセプトに、哺乳類や魚類の骨格標本、植物学や考古学の資料など、多様な標本が新たな視点から写真で表現されます。
「in Vitro? in Vivo!
―写真家立木義浩×東京大学」
10月26日(土)~
2025年1月19日(日)
インターメディアテク
(東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE2-3階)
11:00~18:00
(金・土曜日は20:00まで開館)
月曜日(祝日の場合は翌日休館)、
そのほか館が定める日
無料
主催:東京大学総合研究博物館
協賛:学校法人高宮学園代々木ゼミナール、株式会社ブラスト
協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社、アチーブメント株式会社、立木義浩事務所
企画:東京大学総合研究博物館インターメディアテク研究部門、心に響く会社合同会社
立木さんが撮り下ろした東京大学総合研究博物館の学術標本50点前後を展示。「アート&サイエンス」の融合をコンセプトに、哺乳類や魚類の骨格標本、植物学や考古学の資料など、多様な標本が新たな視点から写真で表現されます。
- 24年12月号 子育てインタビュー:
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