受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

動物行動学者が勧める博物館の楽しみ方

学術標本の写真と実物を見比べて
さまざまな“気づき”を得てほしい

松原 始さんMatsubara Hajime

(まつばら はじめ)東京大学総合研究博物館・特任准教授。インターメディアテク研究部門に所属。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。研究テーマはカラスの生態、行動と進化。著書に『もしも世界からカラスが消えたら~IF CROWS DISAPPEARED FROM THE WORLD』(エクスナレッジ)、『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と渓谷社)、『カラスは飼えるか』(新潮社)など。

 東京大学所有の学術標本を写真家の立木義浩さんが芸術的な感性で撮影した作品を集めた特別展が、東京・丸の内のKITTEにある「インターメディアテク」で開催されています。今回は、インターメディアテクの研究部門に所属し、自身も動物行動学者として知られる松原始さんに、特別展に寄せる思いや、研究テーマであるカラスの生態などについてお話を伺いました。

研究者とは異なる感性で撮られた
学術標本の写真を約50点展示

広野 松原先生は、日本郵便と東京大学総合研究博物館が共同で運営するミュージアム「インターメディアテク(IMT)」の研究部門に所属されています。IMTには、東京大学が1877年の開学以来、収集してきた剝製(はくせい)や骨格標本、古代の装飾品などさまざまな学術標本が展示されています。今回の特別展では、それらを含む標本群を撮影した作品が展示されますが、この企画はどのようないきさつで生まれたのですか。

松原 2年ほど前、写真家の立木義浩さんから、東京大学が所有する学術標本を撮影したいという申し出がありました。わたしたちとしても、著名な写真家の目を通したらどう見えるのだろうかと興味を持ち、関係各所で協議のうえ、お願いすることになったのです。

 撮影は閉館後、来館者がいない状態で行われました。繊細な標本を守るために、展示ケースから出さずに撮影していただいています。写真家にとっては厳しい条件だったでしょうが、おかげで博物館の空間そのものを感じられる作品になりました。立木さんも撮影し始めたら「あれもこれもおもしろい」となったようで、3時間通しの撮影を15回重ねることになりました。今回はそのなかから厳選した約50点を展示します。

広野 立木さんの作品をご覧になって、研究者の皆さんはどのように感じましたか。

松原 写真を見た瞬間、驚きましたね。博物館の図録などに載せる写真を撮るときは、標本の形がよくわかるよう、正面から影などができないように撮影します。ところが、立木さんの写真は、構図や撮影するときの角度のつけ方、光の利用法、背景のぼかし方などがまったく違っていて、奥行きのある、物語性さえ感じる仕上がりになっていたのです。展示ケースのガラスに照明が丸く映り込んだことで、コウモリの骨格標本が月夜を泳いでいるように見える作品もありました。見慣れているはずの標本がふだんとはまったく違った様相を見せ、「うちにこんな標本ありました?」という声が上がるほどでした。

 生物学的には、それぞれが見ているビジョン、目に映る世界は異なっていて、他人の視点を知ることはできません。しかし、写真を通すことでそれを垣間見られるのだと知りました。ひょっとすると、わたしたちはいろいろなものを見逃しているのかもしれない、そんな風に思わされました。

文字による知識だけに頼らず
自分の五感で実物を観察してほしい


サピックス教育事業本部
本部長
広野 雅明

広野 展示される作品は、学術的な写真とは異なるものとなっているわけですが、来館する子どもたちにはどのように見てほしいと考えていますか。

松原 今回の特別展をきっかけに、実物にも興味を持ってもらえるとうれしいですね。撮影された標本の6割ほどがIMTにありますから、気に入った写真があったら、宝探し気分で館内を回って探してみてはどうでしょう。IMTは展示のほとんどが撮影可能ですので、手持ちのカメラやスマートフォンで撮影に挑戦して、自分と立木さんのビジョンの違いを感じるのもおもしろいと思います。

広野 他者が撮った写真を見ることで、なんとなく標本を眺めていたときとは異なる気づきがあるかもしれません。親子で感じたことを語り合ってほしいですね。

松原 せっかくその場に実物があるのですから、それをしっかり見てほしいですね。残念なのは、展示物の名称と説明書きを読むだけで「なるほど」と納得して、実物をじっくり見ずに次の展示に進んでしまうケース。これは特に大人に多いと思います。そこに実物があるのに、文字だけ読んで終わるのはもったいないことです。

広野 松原先生は動物行動学の研究者として、生きている動物を観察していらっしゃいます。一方、IMTに展示されている骨格や剥製などは動きません。それぞれを観察する意義を教えてください。

松原 動物の骨の構造などは生きている間は見ることができませんが、標本にして初めてわかることがたくさんあります。たとえば、鳥のサギの骨格標本を見ると、長い首を支える頸椎(けいつい)に妙な出っ張りがあることがわかります。あれは、首をすみやかに曲げたり伸ばしたりするための仕組みなのです。それを踏まえて、生きているサギを観察すると、サギが魚を捕るときにどうやって首を伸ばしているのか、より明確に理解できます。コウモリの骨格標本を見ても、「こんなに細い骨で飛び回っているのか」と驚きます。生きて動いている姿と標本との両方を照らし合わせてみると楽しいですよ。

24年12月号 子育てインタビュー:
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