子育てインタビュー
入試でもおなじみの植物学者がアドバイス
「踏まれたら立ち上がらない」
雑草に学ぶたくましい生き方
教育の現場では、「たくましく生き抜く力を培おう」というフレーズがよく使われます。その「たくましさ」の象徴として引き合いに出されるのが雑草です。今回は、「雑草学」を専門とされ、中学入試の問題にも著書の文章がよく取り上げられる、静岡大学農学部附属地域フィールド科学教育研究センター教授の稲垣栄洋先生にインタビュー。雑草の生態やおもしろさ、「たくましい子ども」を育てるためのポイントなどについてお聞きしました。
研究室にこもってばかりいては
良いアイデアは生まれない
広野 稲垣先生は、静岡大学農学部で学生を指導されています。大学の農学部ではどのようなことを学ぶのですか。
稲垣 農学部での学びは幅広く、さまざまな分野にわたります。植物の生態などはあくまでも一部で、遺伝子や分子レベルで動植物を研究する分野、農業経済、農村社会学、あるいは農業機械について研究する分野もあります。実社会の役に立つ学問、実学といわれていて、理学部や工学部的な要素を含むとともに、経済学、法律学という領域にも関連してきます。
大学によって違いはありますが、静岡大学の場合は1年生のうちは幅広く学んで基礎知識を身につけ、学年が進むごとに分野を絞って専門性を高めていき、3年生になると研究室に所属します。
広野 理系学部の学生は研究に追われると聞きますが、研究室ではどのような毎日が待っていますか。
稲垣 「研究室が違うと国が違う」とよくいわれるくらい、研究室によってルールが違います。一般的には、「コアタイム」という必ず研究していなくてはならない時間が定められています。わたしの研究室の場合、「週に何回出席しなさい」といった決まりはないのですが、「24時間コアタイムです」という話はしています。
もちろん、24時間研究室にいるということではなく、むしろ、研究だけをしていると狭い人間になるので、研究室の外でさまざまな経験を積んでほしいと思っています。それは、そんな経験のなかで養われる視点や発想があるからです。「24時間コアタイム」というのは、いつも自分の研究のことを頭の片隅に置いておいてほしいという意味です。そうすると、遊んでいる最中に、研究のアイデアを思いつく瞬間があります。社会に出てからも同じで、仕事から離れているふとした瞬間に、仕事のアイデアが浮かんだりしますよね。良いアイデアとは、実は職場や研究室ではあまり生まれないものなのです。
広野 勉強も同じですね。机の上でひたすらやるよりも、家族や仲間と一緒に楽しんだり、遊んだりしながら学んだことのほうが長く定着するようです。
稲垣 自分で見たり聞いたりしながら五感を伴って経験したことは、やはり強く印象に残ります。自分が行動することで、さらに学びが深まるのです。ですから、実験室にこもってばかりいてはいけないと、学生たちには話しています。
成長できる環境を整えたら
あとは距離を置いて見守りを
広野 子どもたちの科学的好奇心を育むために、家庭でできることはありますか。
稲垣 植物の種をまいたら勝手に芽が出て育つように、子どもたちには成長する力がもともと備わっています。それぞれに備わっている成長のステージ、成長のペースがあるのですから、信じて見守ってほしいと思います。
逆にいじりすぎたり、肥料や水を与えすぎたりすると、枯れてしまうことさえあります。植物であれば、その植物が育ちやすい環境を作ることさえすればいいのです。太陽の光がきちんと当たるようにしたり、寒い風が吹いたら風避けをしたり…。しっかり成長できる環境ができたら、あとは自分で勝手に育っていきますから、成長せずにはいられない力を邪魔しないよう、距離を置いて見守るのです。周りの人が「成長させよう」などと考えるのはおこがましいことです。
広野 子どもが「あれは何?」「それはなぜ?」といった疑問を持ったとき、大人はどう対応したらよいでしょうか。
稲垣 わかってしまったら、そこで納得して関心を失うこともあります。特に植物が対象の場合、名前がわかってしまうと、「すべてがわかった」ような気になりがちです。大人が何もかも教えようとせず、わからないことを一緒に楽しんではどうでしょうか。簡単に答えを教えずに、「何に似ているかな?」「どんなところがおもしろいの?」「どこに生えてたの?」といったクエスチョンマークを増やす働き掛けをすると、新たな観察や発見が生まれ、学びが広がるはずです。
そもそも子どもたちが「なぜ」と聞いてくるときは、必ずしも理由を知りたいわけではなく、「これ、おもしろいでしょ」という気持ちを大人に伝えたい場合が多いものです。「なぜ」と聞かれたら、「なぜだろうね、すごいよね」と反応したほうが、子どもたちの好奇心が高まっていきます。一緒に本やインターネットで調べてもいいのですが、「どうしてだろうね」と謎を大きくしていったほうが、子どもたちには絶対におもしろいはずです。
わたしは雑草の研究者ですが、わたしにもわからないことが山ほどあります。専門家でもわからないことだらけなのですから、気負わず、世の中におもしろいことが満ちあふれているのを楽しんでもらいたいですね。
広野 受験勉強が始まると、特に生物分野は覚えるべきことが多く、苦労する子どももいます。
稲垣 教科書がわかれば世界のすべてがわかるように思われがちですが、研究者からみると、教科書はわかりきったことしか書かれていない小さな世界で、実はその教科書の外側に、もっとおもしろい世界が広がっています。ただ、そのおもしろさは教科書の世界を知っておかなければわかりません。今は訳もわからず覚えたことが、高校生や大学生になって「そうだったのか」とおもしろくなる瞬間が必ずやってきます。教科書の外側には魅力に満ちた不思議なおもしろい世界があることを意識しながら、しっかり学んでもらえるといいですね。
広野 道端に生えている草ひとつをとっても、謎がたくさんあるのですね。何だか世界を見る目が変わりそうです。本日はありがとうございました。
『雑草学研究室の
踏まれたら立ち上がらない面々』
稲垣栄洋 著
小学館 刊
1,540円(税込)
小さくてかわいいユリを育てたい学生、徹底的に「指示待ち」の姿勢を貫く学生など、雑草学研究室の個性豊かな学生たちが、各自の人柄やこだわりを生かしながら、それぞれの研究に向かう姿を生き生きと描きます。効率重視の世の中にあって、自分の武器をどう見つけ生かしていけばよいのか、そのヒントを与えてくれます。
『最強無敵の雑草たち
10歳から学ぶ植物の生きる知恵』
稲垣栄洋・小島よしお 著
家の光協会 刊
1,540円(税込)
カタバミ、エノコログサ、ヘクソカズラ、シロツメクサなど、都会でも身近に生えている雑草たちをピックアップ。YouTubeでも人気のタレント・小島よしおさんと共に、それぞれの知られざる生態をマンガを交えて楽しく紹介します。弱いけれども自分なりの強さを武器に、しぶとく生き抜く雑草の生態に勇気づけられます。
- 24年5月号 子育てインタビュー:
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