受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

入試でもおなじみの植物学者がアドバイス

「踏まれたら立ち上がらない」
雑草に学ぶたくましい生き方

稲垣 栄洋さんInagaki Hidehiro

(いながき ひでひろ)1968年静岡県生まれ。岡山大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、静岡大学農学部附属地域フィールド科学教育研究センター教授。雑草生態学を専門とし、農業研究に携わる傍ら、雑草をはじめ身近な動植物に関する著作や講演を行っている。著書は『子どもと楽しむ草花のひみつ』(エクスナレッジ)、『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』(小学館)、『最強無敵の雑草たち』(家の光協会)など150冊以上にのぼる。

 教育の現場では、「たくましく生き抜く力を培おう」というフレーズがよく使われます。その「たくましさ」の象徴として引き合いに出されるのが雑草です。今回は、「雑草学」を専門とされ、中学入試の問題にも著書の文章がよく取り上げられる、静岡大学農学部附属地域フィールド科学教育研究センター教授の稲垣栄洋先生にインタビュー。雑草の生態やおもしろさ、「たくましい子ども」を育てるためのポイントなどについてお聞きしました。

多様な分野で必要とされている
雑草の防除や利用に関する研究

広野 稲垣先生は、雑草生態学を専門とされています。これはどういった学問なのでしょうか。

稲垣 雑草学の研究は大きく三つに分かれています。いちばん大事なのは、やはり雑草の防除についてです。二つ目は、雑草の生態や特徴を明らかにすることです。雑草はふつうの植物と違う特徴を持っているため、防除するためには、それらを明らかにする必要があるからです。三つ目は、それぞれの雑草の特徴を生かして、利用するという研究です。乾燥に強いから砂漠の緑地化に使おうとか、地中の養分などをよく吸うから土を綺麗にするのに使えるのではないかといった具合です。

 わたしはこの三つをすべて手がけています。特に研究室の学生に人気があるテーマは、雑草の利用ですね。一般的には邪魔者と思われている雑草が利用できるという点に心をひかれるようです。

広野 雑草防除という分野が第一に挙げられるということは、雑草はただ引っこ抜いたり、除草剤をまいたりすればよいという単純なものではないのですね。

稲垣 雑草防除の主流は除草剤ですが、安易に使用すると、環境への悪影響や、除草剤が効かないスーパー雑草の誕生を引き起こすことになります。ですから最近は、多様な方法を組み合わせながら除草剤の使用を減らし、総合的に雑草を管理していこうという流れになっています。除草剤を使用する以外の方法とは、たとえば土にシートをかぶせたり、土を耕したりして雑草を生えてこないようにするというものです。雑草が生える時期とずらして作物を植えるという方法もあります。

広野 雑草の研究が役立つのは、やはり農業においてですか。

稲垣 もちろん、農業には欠かせない研究分野です。ただ、中心は農業ですが、それ以外にも、たとえば公園や校庭、道路や鉄道、電力設備などを安全に快適に使えるようにするには、雑草の防除が必ず必要になります。そのため、雑草についてはたくさんの人が研究しており、日本だけでも3,000人ぐらいの専門家がいます。

最も大切な目標の達成をめざして
状況に合わせて変化する雑草


サピックス教育事業本部
本部長
広野 雅明

広野 雑草のおもしろさはどこにあるとお考えですか。

稲垣 インターネットや図鑑で調べても、なかなか答えが出てこないところです。図鑑には「この植物にはこういう特徴があります」と書いてあるのですが、雑草の場合、実際に生えている場所によって、生え方が変化します。ですから図鑑に情報が載っていても、自分の目の前の雑草がそれと合っているかどうか、なかなかわかりません。「ネコジャラシ」として誰もが知っているエノコログサは、夏に茂って冬には枯れると図鑑に書かれていますが、東京都の渋谷駅の工事現場では、真冬なのに生えていました。なぜ、真冬なのに生えているのか、気温のせいなのか、照明などが影響しているのか…。また、都会の校庭にも意外とたくさんの種類の雑草が生えていて、ニホンタンポポのような珍しい種類が見つかることもあります。そういう発見、謎解きがたくさん生まれるのです。それをおもしろく感じる人は、雑草学にはまるでしょうね。

広野 稲垣先生は、雑草に関する書籍を数多く上梓されており、中学入試の国語の問題にも、その文章がよく取り上げられています。ご執筆の動機は何でしょうか。

稲垣 わたしは植物が大好きですが、子どもたちにはあまり人気がありません。自然観察会で植物の説明をしていても、そこにトカゲが1匹通ったら、みんなトカゲのほうに行ってしまいます。植物は動かないし、地味なのでしょうね(笑)。でも、実は植物にもドラマチックな出来事がたくさん起きているのです。たとえば、教科書に載っている単子葉植物は、恐竜絶滅と関係するような大きな地球環境変化のなかで生まれました。そうしたおもしろさをどうにかして伝えたいというのが、執筆を始めた動機です。

広野 昨年9月に刊行された『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』(小学館)は、研究室に所属する個性豊かな学生たちを描き出したユニークな作品ですね。

稲垣 今までは、植物についてだけ書いてきました。しかし、最近、小・中学生や高校生から、「先生はどのような方法で研究しているのか教えてほしい」「研究室の様子を知りたい」といった声が寄せられるようになりました。そこで、自分の研究室のことを書いてみようと思い立ったのです。わたしにとってはチャレンジングな試みです。

広野 「踏まれたら立ち上がらない」というタイトルが、なんとも気になります。

稲垣 一般的には、雑草は「踏まれても立ち上がる」というイメージが強いようですが、実は「踏まれたら立ち上がらない」のが雑草のすごいところです。立ち上がることにではなく、倒れたまま花を咲かせて種を残すことにエネルギーを使うわけです。種を残すといういちばん大切なことを達成するために、状況に対応して自由に変化します。いわば図鑑の情報どおりには育たないところが、雑草の最大のストロングポイントなのです。

 ですから研究室の学生たちに対しても、それぞれの個性をそのままに育て、画一的な研究者像に当てはめないように心がけています。著書でも紹介しましたが、何かと批判されがちな「指示待ちタイプ」であっても、そのタイプならではの活躍ができるものなのです。

 試験などで思いどおりにならない結果が出るとへこたれそうになるかもしれませんが、雑草のように「大事なのは上に伸びることではなく、種を残すこと」といった本当の目標に気づけると、選択肢が増えますし、自分のやりたいことを最終的に実現できるはずです。

24年5月号 子育てインタビュー:
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