受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「動物言語学者」からのメッセージ

大切な中高時代の6年間
好きなことに打ち込める環境を

鈴木 俊貴さんSuzuki Toshitaka

(すずき としたか)1983年、東京都生まれ。東邦大学理学部生物学科卒業後、立教大学大学院生命理学研究科博士後期課程修了。理学博士。京都大学白眉センター特定助教などを経て、2023年から東京大学先端科学技術研究センター准教授。鳥類の行動研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明に取り組んでいる。鳥類だけでなく、哺乳類や両生類などさまざまな動物を対象に言語能力を探究する新領域「動物言語学」の創設を提唱。著書に『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極寿一氏との共著、集英社)など。

 ことばを持つのは人間だけ──そんな常識を覆した若き研究者がいます。今回は、鳥のことばを世界で初めて解読し、「動物言語学」という新しい研究分野を切り開いた、東京大学先端科学技術研究センター准教授の鈴木俊貴先生にインタビュー。シジュウカラという身近な野鳥を対象にした研究の過程やその成果、そして、それを可能にした大学や中高時代の学びなどについて、お話を伺いました。

山小屋に泊まり込み
先例のない研究に取り組む

広野 今日は動物言語学者であり、シジュウカラの鳴き声を研究している鈴木俊貴先生のお誘いで、東京都国分寺市にある「お鷹の道・真姿の池湧水群」にやってきました。背の高い木々が枝を広げる、緑豊かなすばらしい場所ですね。

鈴木 たくさんの鳥がやってくるので、お気に入りの場所です。…あっ、今、シジュウカラが鳴きましたね。あれは、オスが「ここにいるよ」と仲間に自分の位置を知らせているのです。シジュウカラの鳴き声を研究しているうちに、その声がただの音ではなく、ことばとして頭に入ってくるようになりました。シジュウカラのことばは、ほかにもあります。タカが現れると「ヒヒヒ」、ヘビがいると「ジャージャー」と鳴いて、仲間に危険を知らせます。仲間は「ヒヒヒ」が聞こえると上空を警戒し、「ジャージャー」が聞こえると地上を警戒するなど、ことばの意味に合わせて行動します。単に仲間を呼ぶときは「ヂヂヂ」と鳴き、天敵への警戒のために集合をかけるときは「ピーツピ・ヂヂヂ」と単語を組み合わせるなど、文法的なものも持っています。

広野 鳥を研究対象に選んだのはなぜですか。

鈴木 いろいろな動物が好きですが、鳥には人間との共通点が意外と多くあることに気づいたからです。二足で立つこと、目と耳に頼って世界を認識していること、子育てをすること…。鳥は恐竜の生き残りで、私たち哺乳類の祖先とは、3億年ぐらい前に進化の道筋が分かれているのに、こんなに似ている部分があります。何かおもしろい研究ができるのではないかと、観察を続けていました。そうしたなか、「シジュウカラは、ほかの鳥よりも鳴き声の種類が多い。しかも、状況に応じて使い分けている」と気づき、「ことばを持っているのでは」という仮説を立てて研究を始めました。大学4年生のときのことです。

広野 研究はどこでなさっていたのですか。

鈴木 長野県の軽井沢町です。観察は別荘地の北側にある、浅間山の麓の森で行いました。多いときは1年のうち、10か月は森にこもっていました。土日もクリスマスもなく、朝は鳥とともに起きて、鳥が寝たら宿に戻ってデータを解析するという忙しい日々です。冬はマイナス19度になることもあり、暖房のない山小屋ではダウンジャケットを着て、布団にくるまって寝ていました。学部生が先例のないテーマを研究するわけですから、もちろん研究費の補助などはありません。鳥の声を録音するレコーダーや解析装置の購入費、軽井沢までの交通費など、すべてを自腹でまかなっていました。ただ、それが大変というよりは、とにかくおもしろくて…。気がついたら、17年も経ってしまいました(笑)。

※環境庁選定の名水百選の一つ。国分寺市内には潤沢な湧水地帯が形成されており、特に真姿の池付近は水量が豊かです。湧水の一部は池に流れ込み、残りは野川の支流の小さな清流に注いでいます。清流沿いの約350メートルの小径がお鷹の道。江戸時代、この付近一帯が尾張徳川家の鷹場であったことから名付けられました。

所在地:東京都国分寺市西元町1丁目〜東元町3丁目の一部

交通アクセス:JR中央線、西武国分寺線・多摩湖線「国分寺」駅南口から徒歩約15分
JR中央線・武蔵野線「西国分寺」駅南口から徒歩約12分

交通アクセス:JR中央線、西武国分寺線・多摩湖線「国分寺」駅南口から徒歩約15分
JR中央線・武蔵野線「西国分寺」駅南口から徒歩約12分

自然を正しく理解する手段として
新たに「動物言語学」を提唱


サピックス小学部
教育情報センター 本部長
広野 雅明

広野 鈴木先生の研究は従来の常識を覆し、大きな話題を呼びました。現在は、「動物言語学」を提唱されていますが、これはどのようなものでしょうか。

鈴木 動物言語学とは、動物が何を考え、何をしゃべっているのかを明らかにする新しい学問です。

 これまで、動物のことばについては、二通りの考え方がありました。一つは、「人間だけがことばを持ち、動物はしゃべらない。動物は原始的な感情に突き動かされて鳴いているだけだ」という考え方です。もう一つは、「動物は人間と同じようにしゃべっている」というものです。しかし、わたしは両方とも間違っているという立場をとっています。

 知識のある人は前者の考えにとらわれ、動物のことばをきちんと研究しようとはしませんでした。一方、後者の考え方、人間と同じようにほかの動物もしゃべっているという考え方が正しいのかといえば、それも違います。それは、あくまでもおとぎ話の世界です。なぜなら、動物の種類が違えば、同じものを見ていても分類の仕方が違うからです。たとえば公園のベンチを見て、人間は「座るための道具」ととらえますが、シジュウカラにとっては岩や地面と、アリにとっては木の幹と同じようなものかもしれません。そもそも彼らにベンチは必要ないので、それを示す単語も必要ないのです。逆に、ある動物にはあって、人間にはないことばがあっても不思議ではありません。分類が一致するものに関してだけ、理解が可能なのです。よく、「動物のことばをすべて人間のことばに翻訳できる時代が来ますか」と期待を込めて聞かれますが、残念ながらそんなことは不可能でしょう。

広野 人間のことばに翻訳することは難しいとわかっていても、動物のことばを研究するのはなぜですか。

鈴木 「人間だけがことばを持つ特別な存在である」という西洋的な考え方は、人間を井の中の蛙のような状態にしています。ほかの動物のことばに耳を傾ける機会を失わせ、自然への理解や動物との関わり方の妨げとなっています。動物のことばを解き明かすことは、動物をきちんと理解し、わたしたちの自然への向き合い方を改める機会になるはずです。だからこそ、わたしは動物たちが何を考え、何をしゃべっているのか、それを明らかにする方法を確立したいのです。そのために、世界で初めて動物言語学分野の研究室を東京大学に立ち上げました。

24年1月号 子育てインタビュー:
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