受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「好き」を仕事にした起業家が語る

志を高く持ち続ければ
社会を変えることができる

髙倉 葉太さんTakakura Yota

(たかくら ようた)株式会社イノカ代表取締役CEO。1994年、兵庫県に生まれる。東京大学工学部を卒業後、同大学院暦本純一研究室で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。2019年4月に株式会社イノカを設立。サンゴ礁をはじめとする海洋生態系を室内空間に再現する「環境移送技術」により、大企業と共同で環境の保全・研究を行うほか、教育プログラムを提供。2021年10月より一般財団法人 ロートこどもみらい財団 理事に就任。同年、世界を変革する若き日本人イノベーターとして、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」に選出。

 話題のChatGPTに象徴されるように、今やAIは社会のあらゆる分野で利用されています。そんなAIを活用した「環境移送技術」を開発してベンチャー企業を立ち上げ、ネイチャーエデュテインメントプログラム「サンゴ礁ラボ」などを提供しているのが、若き起業家の髙倉葉太さんです。海の一部を再現する環境移送技術とはどのようなものでしょうか。なぜ、髙倉さんは起業という道を選んだのでしょうか。SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

本物のサンゴを通して
驚きや感動を体験してほしい

本物に触れ、海や生き物のおもしろさ、環境保全の大切さを学ぶ「サンゴ礁ラボ」(株式会社イノカの公式サイトより)

corp.innoqua.jp/ 別ウィンドウが開きます。

髙宮 髙倉さんは東京大学在学中から起業を志し、株式会社イノカを立ち上げられました。オフィスにはたくさんの水槽が並んでいて驚かされます。どのような事業を展開されているのでしょうか。

髙倉 わたしたちは、水槽の中に海の生態系を切り取って再現する「環境移送技術」を開発しています。海洋環境を再現するイメージとしては、漫画『ドラえもん』に登場する「切りとりナイフとフォーク」という道具を思い浮かべていただくといいでしょう。ドラえもんの道具は大自然の一部を切り取って自宅などで楽しむものですが、わたしたちの技術は海の環境の一部を切り取って、イベント会場や学校、オフィス、研究室などに持っていき、教育活動や研究活動のお手伝いをするものです。そして、持ち運んでいる生き物の代表例がサンゴです。

髙宮 わたしが貴社の存在を知ったのも、デパートで見かけた『出張! たまがわサンゴ礁ラボ』という子ども向けのイベントでした。

髙倉 「サンゴ礁ラボ」は、サンゴをきっかけに自分が夢中になれるものを見つけ、探究できるようになってほしいという思いから開発したネイチャーエデュテインメントプログラムです。サンゴは周囲の環境、たとえば水質や温度、生き物のバランスのちょっとした変化に影響を受ける繊細な生き物です。飼育そのものも難しく、ふだん皆さんが水族館やオフィスの水槽で眺めているものの大半は、プラスチックで作った偽物です。そのサンゴの本物を子どもたちに見てもらい、サンゴという生き物のおもしろさを知ってほしいと考えています。

 サンゴは、その形状から植物のような印象を受けるかもしれませんが、クラゲやイソギンチャクの仲間で動物です。それでいながら、サンゴと共生している褐虫藻が光合成も行っていて、エネルギーの約3割をプランクトンの捕食で、残りの約7割を光合成で得ているというユニークな生き物なのです。そうした知識は本やインターネットで得られるかもしれませんが、感触やにおいとなると、本物と出合わなくてはわかりません。実際、サンゴのにおいをかぐと、「磯臭い」「生臭い」と皆さんがびっくりします。また、サンゴに当てる光の種類を変えると、蛍光タンパク質によって美しく光ることに多くの人が感動します。本やインターネットでは得られない、そうした驚きや感動を体験し、それを追求していくと、「好きこそものの上手なれ」で、いつか社会に貢献できる技術の開発につながるかもしれません。

 さらに、環境保護の役に立てればという思いもあります。海水温度の上昇に伴い、2040年にはサンゴの8~9割が死滅するという予測もあります。その情報だけではピンと来ないかもしれませんが、サンゴを実際に見て身近に感じられるようになれば、「推しているアイドルグループが解散したらすごく悲しい」と思うのと同じように(笑)、環境保全への意識も自然と高まるでしょう。そうした願いから、教育イベントをいろいろな場で展開しています。

目的をしっかりと持って
AIを使いこなすことが大切

髙宮 敏郎Takamiya Toshiro

(たかみや としろう)サピックス・代ゼミグループ 共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役副社長などを兼務。

髙宮 御社の環境移送技術は、教育のほかにどのような分野で利用されているのでしょうか。

髙倉 海の生物に関する研究や開発にも活用されています。環境移送技術では、自社開発したAIとIoTデバイスを用いて、水温や水流、照明の種類、水に含まれる微量元素の濃度などを調整することが可能です。そのため、天然の海水を使う場合よりも、何がサンゴの生育に影響するのか、その要因を精密に比較・検証することができます。そうした研究の結果、昨年の2月には、時期をコントロールしたサンゴの人工産卵に世界で初めて成功しました。

 また近年では、日焼け止め剤の成分が海の生き物に悪影響を及ぼすことが世界的に問題になっています。そこで、日焼け止め剤のどの成分が、どのくらいの濃度だとサンゴに影響するのかといった研究も行っています。

髙宮 サンゴの飼育環境づくりは水族館でさえ苦労していると聞いています。どのようにして、つくり出しているのですか。

髙倉 弊社のアクアリストの力によるものです。アクアリストとはアクアリウム(水生生物の飼育設備)を手掛ける人のことですが、なかでもサンゴを健康的に長期飼育できる専門家は日本に数十人程度しかいないといわれています。弊社のアクアリウム技術の責任者はその一人。彼は、精密部品の鋳型職人という前歴を持ち、趣味でサンゴの飼育技術を極めた達人です。弊社のAIには、彼の知見が大いに生かされています。

髙宮 アクアリウムの職人技とAIを掛け合わせたことで、ほかにはない事業が誕生したわけですね。

 ところで、AIはここ数年、急激に成長を遂げました。特にChatGPTをはじめとする生成AIは、「人間の質問に人間のように答えてくれる」と注目されています。AI活用の最前線に立つ髙倉さんとしては、子どもたちにこの便利なAIと、どうつき合ってほしいとお考えですか。

髙倉 インターネットで得られる情報はしょせん二次情報で、なかにはうそや間違いも混在しています。まず、自分自身の五感で見て、触れて、聞いて得た一次情報を、そして人とのコミュニケーションを大切にしてほしいと思います。ChatGPTで誰もが簡単に情報を得られるようになったからこそ、インターネット上にない、生の体験から得た情報の有無で差がつきます。

 もう一つ気をつけてほしいのは、手段を目的化しないことです。情報教育が盛んになること自体は喜ばしいのですが、ともすれば、「プログラミングができるようになる」「AIが使いこなせる」ことを目的にしがちです。そうではなく、まずは自分が何を志しているのか、何をしたいのかをしっかりと考えるべきです。プログラミングやAIはそれを実現するための手段にすぎません。

23年9月号 子育てインタビュー:
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