受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

和田先生が語る灘校の真価

Vol.14

卒業生とのつながりを生かして
学ぶ動機を育む「土曜講座」の魅力

 灘校の生徒たちに人気のプログラムが「土曜講座」です。多様なキャリアを持つ灘校の卒業生を中心に、各界で活躍する方を講師として学校に招き、90分の講座を開いてもらうというものです。多岐にわたるテーマのなかから、生徒が興味のあるものを自由に選べる「アラカルト方式」が特徴で、2002年のスタート以来、20年以上も続いています。生徒たちが目を輝かせて学ぶこの講座は、どのように生まれたのでしょうか。その経緯と狙いを和田先生が語ります。

文責=和田 孫博

第一線で活躍するOBから
アラカルトで学べる特別講座

和田 孫博

わだ まごひろ
灘中学校・灘高等学校前校長。兵庫県私立中学高等学校連合会理事長。1952年生まれ。京都大学文学部文学科(英語英文学専攻)卒業後、1976年に母校の灘中学校・灘高等学校の英語科教諭に。2007年4月から2022年3月まで同校校長を務める。著書に『未来への授業』(新星出版社)、共著に『「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』(中公新書ラクレ)などがある。

 2002年から実施した週5日制授業の導入をきっかけに、学校行事を土曜日に移行・集約して内容の充実を図ったことは前回も触れました。このときに生まれた行事のなかでも、各界で活躍するOBを講師に迎えた「土曜講座」は、今では灘校になくてはならないものになっています。

 成功したポイントは、たくさんのテーマのなかから、自分の興味に合わせて受ける講座を選べる「アラカルト方式」を採用したことだと思っています。キャリア教育のような取り組みとしては、それまでも年に1回、全校生徒を対象とした講演会を開催していました。しかし、中高一貫校はそもそも年齢の幅が広いですし、一人ひとりの興味・関心も違います。どんなに良い内容でも、全員が興味を持って聞いてくれるわけではないのです。「もっと一人ひとりが夢中になれて、将来について考えられる機会がつくれないか」。そう考えたとき、「多士済々がそろう灘校OBの力を借りよう」というアイデアが出たのは自然な流れでした。せっかく土曜日に開催するのだから、1コマを通常授業と同じ50分ではなく、大学の講義のように90分に設定しました。この形式は、開始当初から変わっていません。

 土曜日にわざわざ駆り出されるということで、最初は生徒にも教員にも「面倒だ」という気持ちが多少あったかもしれません。しかし、いざ開催すると、生徒たちの目の輝きが尋常ではなかったのです。そんな光景を目の当たりにした教員も心穏やかではいられません。「自分だってもっとおもしろい授業ができるぞ」と、悔しくなるわけです(笑)。本校にも、担当教科以外の「隠し芸」を持つ教員がたくさんいますから、教員が発案したオリジナル講座や校外で行う講座など、どんどん増えていきました。

 今では、外部から招く講師も、OB以外にもずいぶん広がっています。大学や企業が企画する「出前講座」を活用させていただくこともありますし、先方から「こういう授業をさせてほしい」という提案を受けて実現する講座も少なくありません。たとえば昨年は、滋賀大学からの提案で、竹村彰通学長に直々にデータサイエンスの講義をしていただきました。

 同じ90分の枠に多種多様な講座が並び、それを生徒たちがアラカルトで自由に選べるというのはとても贅沢ですし、この講座を機に生徒と教員の関係も深まったと感じています。通常の授業に組み込みにくい内容を受け止められる「器」としても、良い仕組みだと思っています。

生徒みずから仕事や研究の現場を訪ねる
「東京合宿」もスタート

土曜講座の1コマ。レゴ®ブロックの構造を考えて組み立てるワークショップ。講師はプロビルダーとして世界的に活躍している卒業生です

 土曜講座から派生した企画もあります。その一つが2008年にスタートした「東京合宿」です。土曜講座では講師の方に学校まで出向いていただくことになるので、座学が中心です。これを逆にして、実際の仕事や研究の現場を生徒が訪れ、直接話を聞かせてもらおうというものです。

 訪問対象はOBだけに限りません。訪ねる場所も、国の機関や省庁、企業、大学の研究室、法律事務所、作家の書斎……と、本当にいろいろです。灘校OBの元・最高裁判所判事の山崎敏充氏の判事室まで訪れたこともありますし、作家であり元・外務省主任分析官の佐藤優氏の事務所を訪ねたこともありました。

 佐藤氏は本校のOBではありませんが、生徒たちの訪問を何度も受け入れてくださり、対話の記録は2冊の書籍にまとまっています。(『君たちが知っておくべきこと』『君たちが忘れてはいけないこと』ともに新潮社)

 皆さんお忙しい方ばかりですが、非常に好意的に対応してくださいました。心から感謝しています。

「あこがれの人」の存在が
学びに向かう動機を刺激する

 社会学者の宮台真司氏は、人が何かを学ぼうとする際、その「動機」には、競争動機、理解動機、感染動機の三つがあると語っています。

 競争動機とは、簡単にいえば「勝ちたい」という思いです。入試やテストで、それを原動力にしてがんばった経験のある人はきっと多いことでしょう。

 理解動機とは、「わかる喜び」です。幾何の問題でうまく補助線が引けたとき、難しい英語の文章の意味がわかったとき、未知のことが腑に落ちた瞬間、わたしたちの心はおどります。そして「この感動をもう一度味わいたい」という思いは、次の課題に挑戦する意欲になるのです。

 最後の感染動機とは、「あこがれ」です。一流と呼ばれる人が「○○さんを目標にがんばりました」と語るのをよく耳にします。あこがれの人の存在は、非常に前向きな気持ちを生むのです。

 競争動機や理解動機は、ふだんの学校生活のなかでも得られますが、ここに土曜講座が加わることによって、感染動機も含めた三つがうまく重なり合う教育環境ができていると感じます。

 中学・高校のレベルでは触れられない高度な知識や技術、実務の厳しさを教わることは「理解動機」を刺激しますし、何よりも講師の方々の姿を目の当たりにして、「こうなりたい」という強い「感染動機」が生まれるのです。

 土曜講座とは異なりますが、2002年2月には、その前年にノーベル化学賞を受賞した、灘校OBの野依良治先生を神戸にお迎えして講演会を開くことができたのも忘れられません。若い人への期待を込めて語られる一言一言に、生徒も教員も非常に奮起して、まさに感染動機が一気に広がりました。

 本校に限らず、卒業生は生徒の未来の姿です。すばらしい先輩方から生き生きとした話を聞く機会があることは、生徒に非常に良い影響を与えていると思います。

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