和田先生が語る灘校の真価
Vol.6
先輩へのあこがれ、友人との切磋琢磨
生徒が自然に成長する環境をつくる
和田先生は灘校での長い教員生活を通じて、監督として、あるいは部長として、中学・高校野球部にかかわり続けた経験を持ちます。そして、クラブ活動のなかで強く実感したのが、生徒たちの「互いに学び合う力」「教え合う力」の豊かさだそうです。教員が生徒に一方的に教え込むのではなく、生徒同士の横のつながり、あるいは先輩・後輩の縦のつながりによって、生徒自身がみずから成長していく。今回は、そんな雰囲気が色濃い灘校の環境について、課外活動を中心に振り返ります。
文責=和田 孫博
好きだからがんばれる
純粋な思いで取り組むクラブ活動
著作紹介
『精力善用・自他共栄
―灘校の原点・
嘉納治五郎の理念―』
和田孫博=著
神戸新聞総合出版センター=刊
1,760円(税込)
講道館柔道の創始者で文部官僚でもあった嘉納治五郎が、その晩年に理想の学校としてつくったのが灘校です。同校の卒業生でもある前校長が、嘉納治五郎の生涯から、学校創立の経緯、灘校の校風・文化などを描きました。「教育者・嘉納治五郎」としての姿や、知られざる灘校の一面も紹介しています。
灘校はクラブ活動も盛んです。鉄道研究部や数学研究部、あるいは最近のものなら、ディベート同好会のような文化系クラブの活躍が目立ちますが、運動部もしっかり活動しています。
わたしは教員生活を通じて、長く野球部の顧問をやってきました。灘校のような進学校であえて運動部に入ってくるのは、その競技が純粋に好きという生徒が多いです。未経験ながらも「やってみたい」という気持ちをずっと持ち続けて、中学に入学した瞬間、喜び勇んで入部してくる。そういう生徒は、たとえ技術的に及ばない部分があっても、好きだから続くし、練習にも一生懸命に取り組みます。とはいっても強豪校をどんどん倒せるほど強くはなれませんから、野球部の目標は、甲子園につながる夏の大会で「1勝」すること。そのために一生懸命がんばることを楽しむような雰囲気でした。
灘校ではクラブ活動も自主自律です。練習メニューも部員たち自身が考えます。だからキャプテンが代替わりすれば、内容も大きく変わります。わたしは最初、中学野球部の監督だったのですが、あるとき、久しぶりに神戸地区大会で1勝をあげたことがありました。この学年が高校に上がる際、部員たちから「高校の監督になってほしい」と頼まれました。それまでは高校野球部に決まった監督がいなかったので、「毎日ノックだけでもやってほしい」というのです。
「それなら」と、中学野球部は他の先生にお願いして、わたしは高校野球部の監督を務めることになりました。彼らは本当に野球が好きで、キャッチボールもノック練習も、時間をかけてきっちりやります。ノックだけならさっと終わらせて職員室に戻ろう、なんて甘く考えていましたが、なかなかそうはいきませんでした(笑)。
果たして、彼らは、高校の夏の県大会で見事に1勝をもぎ取りました。2回戦では惜しくも敗退しましたが、その後も「秋の大会に向けてがんばる」というので、わたしも夏休み返上で練習に汗を流しました。すると、秋の県大会では16強に残るという快挙を成し遂げたのです。
中学監督、高校監督、それから部長と、わたし自身も充実した野球部生活を送らせてもらって感謝しています。
先輩と後輩が教え合う「ピア教育」で
生徒たち自身が成長していく
クラブ活動の様子を見ていると、灘校には「教え合う」文化がしっかり根づいていることに気づきます。中学の野球部には未経験の部員が多く、新入生のなかには、ボールを左右どちらの手でキャッチしていいかわからないという子も珍しくありません。先輩たちは、こういう基本から一つひとつていねいに教えるのです。
これは文化部も同じで、たとえば数学研究部では、中3ぐらいの部員が中1に、放課後の教室で熱心に数学の授業を行います。そして1年ぐらいで高校数学の範囲をさっさと終わらせると、それ以降は「数学オリンピック」をめざす本格的な問題を一緒にやっていくのです。先輩と後輩、あるいは友人同士で教え合うことを「ピア(仲間)教育」といいますが、灘校ではピア教育が実に盛んなのです。
学習面でも同じです。生徒にはそれぞれ得意科目があって、数学でも理科でも「あいつに聞けばわかる」という人が必ずいます。そこで、試験前にわからない問題があると、みんながその子に聞きに行く。ある意味、先生から教わるよりわかりやすいようで、考査試験問題の予想もけっこう当たっているようです。
それぞれの強い部分を一生懸命やり、苦手なところは他に任せて、みんなの力を合わせて良い結果を得ようとする。これぞ「精力善用」「自他共栄」です。こういう理念は、特にしっかり教えなくても、生徒たちが進んで実践しているように思います。
身近にあこがれの存在がいる環境で
健やかな「感染動機」が育まれる
子どもたちを成長させる「感染動機」が豊富に存在していることも灘校の特色です。感染動機とは、社会学者の宮台真司氏の『14歳からの社会学』という本に登場することばです。人を成長させる動機には、競争動機(競い合う楽しさ)、理解動機(わかる喜び)と並んで、感染動機があるというのです。
感染動機とは「誰かにあこがれて、まねていくことで自分も成長する」ということです。テレビに出るような有名人にあこがれて夢が大きく膨らむこともあると思いますが、やっぱり身近にあこがれの先輩がいる環境があると、その先輩に近づくことが現実的な目標として感じられやすいでしょう。そういう環境を提供することも学校の役割だと思います。
中学生から見れば、高校生はずいぶん大人に見えるでしょう。そんな彼らと直接話したり、教えてもらったりできる。身近にあこがれの存在がたくさんいるという意味でも、6年一貫教育のメリットは大きいでしょう。
今年の文化祭は、4年ぶりに人数制限なしで開催できました。毎年多くの小学生が来場し、先輩たちの姿に目を輝かせる文化祭は感染動機の宝庫です。なかでも、化学研究部や物理研究部の生徒たちが白衣に身を包んで、華やかに実験を披露するショーは大人気です。しかし、薬品などを使う実験には危険が伴うので、教員は時にひやひやしながら裏を支えています。
さて、この校風をいかに守っていくかがこれからの課題です。少子化で保護者の愛情が一人の子どもに集中しやすい時代、ともすれば過保護になり、子どもの自立心をそいでしまうこともあります。子どもが成長とともに自然に親離れできても、親のほうの子離れが難しかったりするのです。しかし、親があまりに子どものやることに口を出しすぎると、「ピア教育」も「感染動機」もうまく回りません。
これは後の話になりますが、わたしは校長に着任した際、「生徒が主役の学校であり続けよう」というスローガンを立てました。それ以来、保護者会でも事あるごとにそれを伝えています。生徒が主役ということは、わたしたち教員は裏方だし、保護者は脇役です。主役のように前に出るのではなく、時には「斬られ役」も辞さない覚悟で、目立たず、しかし主役を輝かせる名脇役をめざしてほしいと願っています。
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