挑戦するキミへ

Vol.32
学校の力量が問われる探究学習
充実度が志望校選びの判断材料に
アクティブラーニング、STEAM教育など、時代の変遷とともに求められる教育の在り方も大きく変化しています。最近の数あるトピックのなかでも、特に注目されているのが「探究学習」です。探究学習とは、身近な疑問や課題をテーマに、「何を学ぶか」だけではなく、「どのように学ぶか」を考える学習活動のこと。実際に行われている事例を踏まえながら、柳沢先生が探究学習の意義や目的について解説します。
文責=柳沢 幸雄
情報という素材をいかに組み合わせるか
これから求められるのは“シェフの目線”
柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
探究学習とは、身の回りの課題や疑問について、生徒が主体となって調査・研究を進めていく学習活動です。2022年の改訂学習指導要領の施行によって、「総合的な探究の時間」が必修化された高校のみならず、最近では中学でも積極的に導入する学校が増えてきました。なぜ今、探究学習が注目されているのでしょうか。そして、その意義や目的とは何なのでしょうか。
そもそも「学習」とは何かと考えたとき、その構成要素は、「記憶力」と「判断力」に大別できます。この二つのうち、これまでの日本の教育で重視されてきたのが「記憶力」でした。明治時代に、科挙(中国の官僚登用試験)をベースにした高等文官試験が始まって以降、過去の出来事、法律などこと細かく頭に入っているかどうか、それを正しく説明できるかどうかが、人材の優劣を決める大きな評価基準だったからです。
しかし、インターネットや生成AIの登場により、これまでの「記憶力」の価値は大きく低下しました。手元にあるスマートフォンを使えば、誰もが正確な情報に瞬時にアクセスできるからです。これからは「記憶力」よりも、情報の集め方、集めた情報の組み立て方、そこから何を導き出すかという「判断力」が求められる時代です。それは“腕の良いシェフの目線”と言い換えてもよいかもしれません。手元にある「タマネギ」「ニンジン」「トマト」などの素材をどう組み合わせれば、既存の概念をひっくり返すような創造的なレシピを作り出せるか。それが、これからの社会で活躍するための重要なスキルであり、そこに探究学習のプロセスで必要となる情報収集力、取捨選択力、論理的思考力が生きてくるのです。
「新しい学力」のなかでも重要な「表現力」
言語力の向上が「思考力」「判断力」を伸ばす
現在の学習指導要領には、「新しい学力」として「思考力」「判断力」「表現力」を重点的に育成することが明記されています。探究学習もこれらのスキルを伸ばすために導入されたものですが、わたしが最も重要だと考えているのが表現力です。なぜなら、自分の考えを的確に言い表す力がなくては、高度な思考力も正しい判断力も身につかないからです。
先日、ChatGPTに「ChatGPTの開発に役立った学問領域は何ですか?」と問い掛けてみたところ、「コンピューターサイエンス」「数学」に次いで、3番目に挙げられたのが「言語学」でした。これは、人間がものを考える過程において、言語学、つまりことばが重要な役割を占めていることを示しています。
これらを受けて、わたしが学園長を務める北鎌倉女子学園では、高校の「グローバル探究」という授業のなかで、『モナ・リザ』や『神奈川沖浪裏(なみうら)』といった名画を取り上げ、「目の見えない人に、これらがどのような作品かを説明する文章を考える」という課題に取り組んでいます。生徒たちは、3人一組になってアイデアを出し合い、そこから導いた考えを800字程度の文章にまとめていきます。前提となる知識や情報を共有しない相手に自分の考えを伝えるためには、一つひとつのアイデアの共通項を見つけてグループ化し、わかりやすく並べ替えることが重要です。これは、論文の執筆や論理的な思考を深めるうえで必要な作業であり、わたしたちが探究学習を通して生徒に身につけてほしいと願っている「新しい学力」に直結するものなのです。
「帰納法」から「演繹法」へのシフトも
探究学習に課された教育的役割の一つ
日本ではあまりなじみがありませんが、海外ではこうした論理トレーニングを幼少期から徹底して行います。アメリカのような多民族国家の場合、前提知識を共有しないコミュニケーションが一般的であり、感情よりも論理が優先されるからです。一般的に、日本は、事例を挙げた後に結論を導く「帰納法」、海外は、結論を先に述べ、その後に事例を並べる「演繹法」に近いコミュニケーションだといわれます。これから、海外の相手と互角に渡り合ううえで汎用性が高いのは、演繹的な考え方です。慣れ親しんだ帰納的な考え方をいかに演繹的な方向にシフトできるかという点も、探究学習に課された教育的役割の一つといえるでしょう。
学習指導要領によって授業内容に縛りが生じる教科学習とは異なり、探究学習には、学校や教員の自由裁量が認められています。裏を返せば、探究学習は、学校の支援体制や教員の力量が最も問われる科目だということです。志望校選びのなかで、説明会や相談会など、学校の先生に直接質問する機会があれば、「探究学習ではどのようなことを実践しているのか」を尋ねてみてください。その活動の特色や充実度が、お子さんの興味や適性にマッチしているかどうかも、志望校を選ぶ際の良い判断材料となるはずです。
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