受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.31

ネット上の自由と責任は表裏一体
善悪の判断は「自分基準」で考える

 近年、急速な発展を見せるSNSや生成AIは、子どもにとっても身近な存在になりつつあります。しかし、一歩間違えば、誹謗(ひぼう)中傷や偽情報の拡散に加担してしまう可能性があり、そのリスクをどう伝えるべきか、悩んでいる保護者の方も多いことでしょう。柳沢先生は「明文化されたルールがないからこそ、『自己基準』で判断することが重要」と訴えます。どうすればネットと上手に付き合っていけるのか、柳沢先生と一緒に考えます。

文責=柳沢 幸雄

「危ないから遠ざける」のではなく
どうすれば有効に使えるかを考える

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 世の中にインターネットが普及したことによって、われわれの生活の利便性は格段に向上しました。求める情報に瞬時にアクセスできる、遠くにいる人と気軽にビデオ通話ができる、家から一歩も出ずに買い物ができるなど、そのメリットは枚挙に暇がありません。その一方で、個人情報を悪用した詐欺、誹謗中傷、偽情報の拡散など、ネットの世界にはデメリットもたくさんあります。まだそのリスクを十分に理解できていない子どもの場合は、特に利用に当たって注意が必要です。

 とはいえ、「危ないから、子どもたちをネットやAIから遠ざけよう」というのでは本質的な解決にはなりません。あらかじめトラブルを想定し、どのように対処すればネットを有効に使えるのかを考える。そのような適切な情報リテラシーを授けることこそ、大人の役目ではないでしょうか。

 実際、ほとんどの学校では、生徒に1人1台の情報端末を持たせると同時に、情報リテラシーを学ぶ機会を設けています。なかには、情報リテラシーに関する試験を課し、合格点に達するまで端末を使う権利を与えないという学校もあります。そのくらい、ネットを利用するうえでの最低限のマナーは身につけておくべきであり、それが自分がネットトラブルの被害者・加害者にならないための自衛策でもあるのです。

明文化されたルールがない以上
自制的な行動を心がけるべき

 「被害者にならない」方法としては、安易に個人情報を明かさない、ネット上で知り合った人と実際に会わないなど、わかりやすい行動ルールがありますが、意外と難しいのが「加害者にならない」方法です。たとえば、自分の投稿した文章が、個人的な意見の範囲なのか、誰かを傷つける可能性のある誹謗中傷に当たるものなのか、そこに明確な線引きはないからです。

 明文化されたルールがない以上、その善悪は「自分基準」で判断するしかありません。この「自分基準」とは、自分がされて嫌なことはしない、自分がされてうれしいことをするという意味です。すなわち、自分に向けてコメントされて困るような文章や、嫌な気持ちになる写真はアップしないなどを自分の基準と決めて、自制的な行動を取るように努めてほしいと思います。

 もう一つの基準となるのは、今から取ろうとしているネット上でのアクションが、「実名を明かしてもできることなのか」と自分自身に問うことです。ネット上に攻撃的な言動が散見されるのは、匿名の世界だからです。自分のパーソナリティーを隠して発言できるため、相手との距離感を錯覚して、攻撃性が増大してしまうのです。匿名性が担保されることによって、政治・経済・芸術など思想にかかわる議論を活発に交わせるのはネットの良いところでもあります。しかし、群集心理にあおられて、悪い流れに加担することがないよう、一歩立ち止まって自分の行いを冷静に客観視することが重要です。

「いいね」がお金になる時代
情報の真偽は慎重に見極めて

 このように、人々がネットに情報を求めるようになった背景には、テレビや新聞などのオールドメディアが、“丸い”情報しか出せなくなってきていることが大きいのではないかと思います。“丸い”とは、さまざまなしがらみに配慮した“差し障りのない”という意味です。目新しさのない報道に物足りなさを感じているところに、ネット上でセンセーショナルな主張や説明が出てくれば、そこに飛びつきたくなるのは無理もない話です。

 また、「いいね」やフォロワー数がお金を生むという新しいビジネスモデルが確立されたことで、リアクションほしさに過激な主張を行う投稿者も少なくありません。そのような扇動的な情報に惑わされないためには、自分の経験に基づく確かな知識と教養が必要です。ネット全盛の時代だからこそ、このようなオフラインの情報の価値は、今後さらに高まっていくことでしょう。

 わたしたちは、ネットの発展によって、言論の自由、表現の自由を大いに享受できるようになりました。しかし、それによって生じる責任は、すべて自分自身に返ってくるものだということを肝に銘じておくべきです。自分のSNSに写真や文章を投稿する、他人の投稿に「いいね」を押す、他人の情報を拡散するなど、何気ないネット上の行動の一つひとつに、大きな責任が生じていると認識し、客観的かつ自制的にネットと向き合うことが、真の情報リテラシーと呼べるのではないでしょうか。

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