挑戦するキミへ

Vol.30
家庭で金銭感覚を養うことが
実践的な金融教育の第一歩に
成人年齢が引き下げられたことで、18歳から保護者の同意なしにクレジットカードやローンの契約ができるようになりました。そこで課題となっているのが、若者の金融リテラシーの育成です。高校で金融教育が必修化されるなど、さまざまな対策がとられていますが、柳沢先生は「まずは家庭で適切な金銭感覚を身につけることが重要」と言います。子どもがお金と上手に付き合うために、家庭でできることについて伺いました。
文責=柳沢 幸雄
金融リテラシーを高めるために
まず生活にかかるお金を理解しよう

柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
2022年4月から、高校における金融教育が必修化されました。その目的は、家計管理やライフプランニングの大切さ、さらには投資や資産形成の仕組みを、知識として子どもたちに習得してもらうところにあります。しかし、それを知識だけで終わらせず、実際の生活に役立てるためには、幼少期から現実に即した金銭感覚を身につけることが最も重要だと考えています。
日本では、家庭のなかで大っぴらにお金の話をすることは少なく、「学生のうちは、学業に専念しておけばいい」という考えから、子どもたちをお金や労働から遠ざけようとする傾向があります。しかし、そうやって育ってきた子どもたちは、自立するまで、暮らしにかかるお金の相場を知る機会がありません。それが行き過ぎた結果、ATMにカードを入れればお金は無尽蔵に出てくるものだと勘違いしたり、高収入をうたった「闇バイト」の求人情報にだまされたりする原因になっているのではないでしょうか。まずは、日ごろの生活にどのくらいのお金がかかっているのかを理解し、そのためにはどのくらいの労働が求められるのかを正しく認識することが、子どもたちの金融リテラシーを高めるために必要だと思います。
お金と労働の関係を学ぶには
家庭でのお手伝いが有効
家庭でできる金融教育の第一歩は、子どもに対して「理由のないお金を与えない」ことです。求められるままに子どもにお金を渡すのではなく、たとえば食器洗いやお風呂掃除など、お手伝いの対価としておこづかいを支払うのが望ましいでしょう。わたしが幼いころ、手っ取り早くお金を手にする方法は、空のビール瓶を酒屋に返しに行くことでした。1本につき5円の保証金が戻ってくるというので、兄弟で競って返却に行ったものです。このように、お金と労働は密接につながっているのだと身をもって学ぶためには、家のお手伝いは非常に有効なのです。
かつてアメリカに住んでいたころ、子どもたちが通っていた学校では、修学旅行費用の一部を生徒によるオレンジの販売で賄っていました。子どもたちは、近隣の家々を回って注文を取り、その数を集計すると、学校がまとめて発注をかけます。そうして、学校に届けられた大量のオレンジを、それぞれの注文数に応じて子どもたちが配達します。このように、アメリカの子どもたちは、労働の対価としてお金が得られる仕組みを日常のなかで学んでいるのです。
終身雇用が主流の日本と、「レイオフ」がひんぱんに起こるアメリカという土壌の違いも、子どもの金銭感覚に大きな影響を与えていたように思います。レイオフのたびに失業保険をもらって、次の仕事が決まるまで食いつなぐ親の姿を見ているアメリカの子どもたちは、お金や労働の現実をよく理解しています。そう考えると、同じような年齢のころに「お金のことは心配せず、あなたは勉強さえしていればいい」と教育される日本の若者に、現実的な金銭感覚が身につかないのは当然かもしれません。
求められるのは数学的な視点
ふだんから金銭感覚を磨く工夫を
わたしは、生徒にお金の話をするとき、「2000という数字を意識するといい」とよく言います。これは何の数字かというと、1年間における一般的な労働時間です。仮に時給1000円のアルバイトをするとしたら、1000×2000で、1年に稼げる額は200万円。時給3000円の仕事だとしたら、3000×2000で600万円です。時給ではぴんとこない数字も、2000をかければ年収として具体的なイメージがつかめます。ただ、もろもろの経費を考えると、労働者が賃金を得るためには、その約4倍の売り上げが必要ですから、「自分の労働は、1時間の売り上げに見合っているだろうか」という意識を持って働くことも大切です。
もう一つ、金融を学ぶうえで重要になるのが、数学的な視点です。日本銀行は、毎年2%の消費者物価上昇率をめざしていますが、これは時間がたつにつれて通貨の価値が目減りすることを意味しています。それが10年、20年と続いたときに、手元にある現金の価値がどのくらい減るのか。それを上回る資産形成をめざすためには、どのようなポートフォリオを組むべきなのか。さらに、ローンを組むときには「元利均等返済」と「元金均等返済」の違いを、金融商品を選ぶときには「単利」と「複利」の違いを理解しておかなければなりません。受験科目として数学の勉強をすることはもちろん大切ですが、このような実用的な数学の活用法を学ぶことも、金融教育の一つだと考えています。学び、労働、お金は、どれも生活に欠かせない大切なものです。すべてがつながっていることを意識しながら、日ごろから金銭感覚を磨く習慣をつけてほしいと思います。
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