受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.28

合格か不合格かにかかわらず
受験は挑戦することに意味がある

 すべての受験生に共通する目標、それはあこがれの志望校への合格を得ることです。なかには「合格しなければ、これまでの努力が無駄になってしまう」と思い詰めている受験生もいるかもしれません。しかし、柳沢先生は、「結果にかかわらず、中学受験に挑戦したこと自体に意味がある」と語ります。あわせて、お子さんの受験に向き合う保護者の方に必要な心構えについても伺いました。ぜひ参考になさってください。

文責=柳沢 幸雄

自律的な生活習慣を身につけ
自信を得ることが受験の“価値”

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 いよいよ受験本番です。今回は「中学受験にあたって得られる『合格』以外の価値とは何か」について考えてみたいと思います。この質問を生成AIに投げ掛けてみたところ、「ハイレベルな基礎学力や教科書を超えた知識の習得」「本番を通じて鍛えられる精神力や根性」など、もっともらしい答えがいくつも出てきました。いずれもけっして間違いではありませんが、わたしが考えるいちばんの“価値”は、「自分に自信がつくこと」です。

 志望校に合格すれば当然、「自分のやってきたことは間違いではなかった」と自信がつきますし、残念な結果になった場合も、その事実を冷静に受け止め、原因を分析することができれば、次の試練に立ち向かうときの大きな自信につながるからです。

 中学受験に限らず、世の中の競争ごとには「勝ち」「負け」がつきものです。高校野球を見ていても、本当の“勝ち組”は熾烈(しれつ)なトーナメントを勝ち抜き、最後に優勝する1校のみ。そのほかの全国3000に上るチームは、どこかで必ず負けを喫する運命にあります。それでも勝利を信じて、みずからの力を客観的に分析し、足りないところを補うにはどうすればよいか、どのようなスケジュールが有効かを考えながら、こつこつと努力を積み重ねる姿勢は、たとえ勝負には敗れたとしても、その後の人生において大いに役立つだろうと思います。

 受験の目的も、人より多くの知識を詰め込むことではなく、自分の特性を知り、日々の生活を自律的にコントロールする習慣を身につけることにあります。その過程で揺るぎない自信をつけられたなら、それこそが受験を通して得られる大きな“価値”なのではないでしょうか。

“一芸”を伸ばす教育で
世界における存在感を高める

 もっとも、「人より多くの知識を詰め込むこと」は、すでに前時代的な価値観になりつつあります。生成AIの登場によって、細かいところまで知識を暗記しているかどうか、その知識から正しい答えをスピーディーに導き出せるかどうかが、人の能力を測る“ものさし”として意味を持たなくなってきているからです。

 では、次世代を担う子どもたちに必要な教育とは何なのでしょうか。求められているのは、全体の平均スコアを上げることよりも、“尖った才能”を見いだし、それをさらに伸ばしていく教育です。つまり、子ども自身が「こういうことが得意です」「この分野ではほかの誰にも負けません」と胸を張って言い切れるものを見つけることが、次世代の教育の目標となっていくでしょう。

 昔からあることわざに「一芸に秀でる者は多芸に通ず」というものがあります。これは、「一つの分野で優れている人は、他の分野でも優れた実力を発揮する」という意味です。確かに最近のテレビ番組では、お笑い芸人やアイドルを本業とする人が、優れた絵画や俳句を披露し、その道のプロから高い評価を受けている様子を目にします。そこからわかるのは、一つのことを成し遂げるうえで培った高い集中力や精神力といった基礎的なスキルは、他分野においても汎用(はんよう)性が高いということ。つまり、人に誇れる“一芸”を持つ人物は、他分野でも十分に活躍できるポテンシャルを秘めているというわけです。

 たとえばハーバード大学は、学術・芸術・運動(体育)の3分野において、それぞれに秀でている生徒をバランスよく採ることで知られます。これは、得意分野の異なる学生を同じ場所に集めることで、新たな化学反応が生まれる教育効果を狙っているためです。一方、日本の大学はというと、最近になってようやく総合型・学校推薦型選抜での入学者が増えてきたとはいえ、いまだに画一的な学力選抜が主流です。これからはもっと、一人ひとりが得意分野で勝負できるような柔軟な入試形態が認められていくべきですし、それが実現できれば、国際社会における日本の存在感はさらに高まっていくだろうと確信しています。

自分のチャレンジに胸を張り
最後まで力を出し切ってほしい

 さて、最後に受験生の保護者の方にお願いしたいのは、お子さんの前では、「第一志望」「第二志望」「滑り止め」というようなことばで、受験校に序列をつけないでいただきたいということです。出願した学校はすべて通う可能性のある学校です。お子さんが気持ち良く中学生活をスタートできるように、「どこに進学することになっても、そこがあなたにとっていちばん良い学校だよ」と意識的に伝えてほしいと思います。また、万が一、中学受験がお子さんにとって不本意な結果に終わった場合も、その経験をプラスに変換できるかどうかは、保護者の声掛けにかかっています。受験を通してお子さんが成長したこと、得られたことを具体的に示し、そのがんばりを存分にほめてあげてください。それによってお子さんは、堂々と次のステージに進めるでしょう。

 あらためて強調したいのは、中学受験は「挑戦することに意味がある」ということです。勝負に勝つ喜びも、負ける悔しさも、チャレンジしなかった人には味わえないものです。だからこそ、受験生の皆さんにはぜひ、これまで努力してきたことに胸を張って、最後まで自分の力を出し切ってほしいと思います。

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