挑戦するキミへ
Vol.27
実体験とリンクさせた教育で
政治や選挙をもっと身近なものに
2015年の公職選挙法改正により、2016年から選挙権年齢が従来の「満20歳以上」から「満18歳以上」に引き下げられました。高校3年生の一部が投票できるようになった一方で、日本の政治教育はまだ十分に成熟していないと柳沢先生は指摘します。日本の教育の課題を中心に、近い将来、子どもたちが選挙権を得るにあたって必要なことについて語っていただきました。
文責=柳沢 幸雄
若者の政治への関心が希薄なのは
政治と教育が分断されているから
柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
10月27日に日本の衆議院議員総選挙が、11月5日にアメリカの大統領選挙が行われました。その様子を見ていて思うのは、日本とアメリカとでは、政治に対する国民の関心が大きく異なるということです。アメリカでは、政治や選挙の仕組みを子どものころから学ばせようという意識が高く、学校のなかで政治教育が活発に行われています。小学生であっても、候補者の政策について調べ、それをもとに立会演説会を行ったり、模擬投票をしたりしているのです。そうした環境のなかで育つためか、アメリカ人は総じて選挙に対する興味・関心が高く、支持する政党をオープンにして、友人と政治談義をすることも珍しくありません。
一方、日本ではどうでしょうか。社会科の公民分野で、政治や選挙のしくみについては学びますが、それらが自分たちの生活とどう結び付いているのか、子どもたちが実体験とリンクさせて理解する機会は、ほとんどないといっていいでしょう。小学校では児童会、中学・高校では生徒会と、投票によって代表を選出するシステムはあっても、その延長線上にあるものとして国の政治が語られることはないに等しいのです。また、日本では「中立」を保つことがよしとされているため、子どもたちが、政治について語る身近な大人の姿を見る機会もありません。このように、政治と教育が分断されている状況では、日本の若者が政治に対して興味・関心が持てないのも無理はないといえます。
学校と社会をうまく接続するためには
政治・ジェンダー・宗教教育も重要
そうした現状を踏まえて、わたしが北鎌倉女子学園で担当している「論文教室」の授業では、政治や選挙をテーマにした課題に取り組みました。具体的には、「アメリカ大統領候補であるドナルド・トランプとカマラ・ハリスのうち、あなたはどちらに投票しますか。その候補を支持する理由を三つ以上、対立候補を支持しない理由を二つ以上挙げたうえで、800字以上の文章にまとめなさい」というものです。
すると、生徒たちは両者の政策やアメリカの社会構造について深く掘り下げて調べていきました。そして、2人の候補の主張の違いを整理して、それと自分の考えとを照らし合わせていったのです。こうした経験が、政治や選挙のおもしろさを知るきっかけになればうれしいですし、もうすぐ選挙権が与えられる「主権者」としての自覚を促すものになればいいと思っています。
さて、日本の学校で軽視されているのは政治教育だけではありません。ジェンダー、宗教、金融などは、昔からセンシティブな話題とされており、学校教育ではあまり触れられない傾向にあります。しかし、このようなトピックこそ、自立した一人の人間として、社会を生きていくうえで身につけておくべき最低限の教養ではないかと思います。
内閣府が発表した「子供・若者白書」によると、日本の若者の自信や自己肯定感が極端に低くなるのが20歳から24歳という年齢層です。これは、ちょうど大学を卒業し、就職をする時期で、学校教育と社会との間に大きなギャップがあることを示しています。そこをスムーズに接続するためには、学校教育のなかで、社会の構造や成り立ち――お金を稼ぐことや政治に参加すること、異なる性や宗教に対する知識など――を現実に即した形で教えていく必要があるでしょう。これは余談ですが、最近、“闇バイト”と称される犯罪を実行してしまう若者が急増しているのも、お金や社会に対する若者のリアリティーのなさが要因になっているのではないかと感じています。
よりよい未来をめざして
当事者意識を持つことが大事
わたしの幼少期を振り返ってみると、現代よりもずいぶん子どもの存在が軽んじられた時代だったと感じます。家庭は大黒柱である父親を中心に回っていて、夕飯の献立も父親の希望が優先されました。それに文句を言おうものなら、「自分の好きなものは、稼げるようになってから食べなさい」と一蹴されるのです。家父長制の悪しき慣習だと思われるかもしれませんが、それは「経済的な自立なしに、真の自立はあり得ない」という大人からの明確なメッセージでした。その分、「早く自立してやろう」という気持ちが芽生えましたし、社会に出て働くことへのリアリティーをより強く感じていたように思います。
アメリカの大学で教えていたときに感じたのは、日本の18歳に比べて、アメリカの18歳は自立しているということです。これもまた、日本の初等・中等教育のなかに、リアルな社会像が欠如しているからだといえるでしょう。そして、日本では「規則を守りましょう」と指導されるのに対し、アメリカでは「規則を作りましょう」と教えられます。アメリカでは、「社会とは、一人ひとりの能動的な態度によって変えていくものだ」という意識が強いのです。
よりよい未来をめざすのであれば、現行の制度をどう変えればもっと心地よく暮らせるかを、一人ひとりが考えることが大切です。それを実現するための手段として、選挙や政治があると考えてほしいのです。そうした当事者意識を若者たちが持つことが、日本の社会や政治を変える第一歩になるのではないでしょうか。
◎学校関連リンク◎
◎人気コンテンツ◎