挑戦するキミへ
Vol.20
変化の時代を豊かに生きるために
自分の適性とマッチした職業選択を
AI(人工知能)の急速な進歩によって、わたしたちの社会は大きく変わろうとしています。働き方においても、勤続年数が評価される「メンバーシップ型雇用」から、成果主義の「ジョブ型雇用」が主流になりつつあります。これらの変化に対応する方法として、柳沢先生は“スペシャリスト”をめざすべきだと言います。個人のスキルがますます重視される時代において、子どもたちが豊かに生きるためのヒントをお聞きしました。
文責=柳沢 幸雄
職業の半分がAIに代わる時代
他人に負けない武器を見つける
柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
「10年後、今ある職業のうち約半数はAIやロボットに奪われる」これはオックスフォード大学の准教授が発表した研究結果です。「今ある職業がなくなる」と言われてもピンとこないかもしれませんが、昭和の時代には、和文タイピスト、電話交換手、切符のもぎりといった職業がありました。しかし、そのいずれもが現代では残っていません。技術の発達や生活習慣の変化に伴い、そこに人員を配置する必要がなくなったのです。
これと同じようなことが、さらに短期間かつ大規模に起こるだろうというのが先ほどの予測です。そして、その動きを加速させるのが、ChatGPTをはじめとするAIの劇的な進歩です。
今、世間をにぎわせているChatGPTは、世の中のあらゆる文章や文献を学習し、そこから共通項を抽出することで、問いに対して最適な答えを導き出してくれます。そうした浅く広い知識を必要とする、いわゆる“ゼネラリスト”の仕事は、これからすべてAIに取って代わられる可能性が高いでしょう。これからは、AIにできないことや「これだけは負けない」という強みを持つ“スペシャリスト”をめざすことが喫緊の課題となります。
日本の働き方も「ジョブ型雇用」へ
得意分野を持ち市場価値の向上を
これまで日本では、長らくゼネラリストが重用されてきました。それとは対照的なスタンスを取るのが、スペシャリストの育成に力を入れるアメリカです。
日本とアメリカとでは、雇用形態も大きく異なります。日本では、終身雇用を前提とした「メンバーシップ型雇用」が主流です。新卒で就職した会社に定年まで在籍することを前提に、年次が上がるごとに昇給が約束されている制度です。
対するアメリカでは、ポジションごとの職務内容や勤務地を明確に定義し、その成果によって評価を行う「ジョブ型雇用」が一般的です。求められる水準よりパフォーマンスが低い場合は、降格や減給、さらには解雇も珍しくありません。
不思議なことに、アメリカ経済は不況に陥った後、しばらく時間をおいて必ず盛り返します。それはなぜか。不景気を理由に解雇された社員が、次の働き口を求めて転職あるいは起業することによって、強制的に人材の最適配置が行われるからです。最適配置が完了すると、以前よりもマッチング度の高い環境で個人の能力が発揮されるので、おのずと経済が伸びるというわけです。
一方、日本の会社員は、自分に合わない職場であっても、我慢して在籍を続ける傾向があります。新しい環境に身を置くよりも、今の会社での在籍年数を伸ばすほうが、その後の昇給が見込めるからです。そのため人の流れが滞り、最適配置が行われずに経済が停滞してしまうのです。
これからは日本でも、メンバーシップ型雇用から、ジョブ型雇用へとシフトしていくことでしょう。その変化に対応できるのもまた、スペシャリスト人材です。何か一つでも得意分野があれば、流動的な労働市場においても、高い価値を発揮し続けられるからです。
女子はスペシャリストでアスリート
両立には手に職をつけることが大事
女子校の学園長として、日ごろから生徒に伝えているのは、「皆さんはスペシャリストをめざすと同時に、アスリートであることを自覚しなければならない」ということばです。高いパフォーマンスを維持できる期間が限られているアスリートと同じように、妊娠・出産という女性特有のライフイベントにも、タイムリミットがあります。職業を通して自己実現することも大事ですが、そればかりを追いかけていると、妊娠・出産のタイミングを逸してしまい、「こんなはずではなかった」と後悔するケースも少なくないのです。
その両立を実現するための最適解は、手に職をつけることです。妊娠・出産で第一線を退く時期があっても、資格や専門技術があれば、元の仕事に比較的スムーズに戻ることができます。中高時代から綿密な人生計画を立て、資格取得に向けた準備をしておくことで、その後の働き方の選択肢はぐっと広がります。
さて、最近テレビで活躍している女性の一人に、東京大学法学部を首席で卒業し、財務省に入省したものの、わずか2年で退職した山口真由さんというコメンテーターがいます。『挫折からのキャリア論 レジリエントに生きる』という著作によると、東大在学中はすべての履修科目で「優」を獲得し、学業成績優秀者として東京大学総長賞を受賞したほどの人が、国家公務員の仕事に適合しなかったという事実は、この国の不幸といえるかもしれません。こうしたミスマッチを防ぐためにも、大学と社会がもっと密に連携を取り、そのギャップを埋める努力が必要になると考えています。
これからは、一人ひとりの得意を職業につなげていく時代です。ことばを変えると、能力があれば正当に評価される時代ともいえるでしょう。そのためには、中等教育段階から広く社会に目を向け、自分のキャリアビジョンから必要なスキルを逆算すること、そして自分の強みを最大限に発揮できる場所を求めて、貪欲にチャレンジすることが大切です。こうした意識が社会全体に浸透したとき、日本はもう一度輝きを取り戻せるのではないかと思います。
◎学校関連リンク◎
◎人気コンテンツ◎