挑戦するキミへ
Vol.14
“前例踏襲主義”から脱却し、
自分本位に生きてみよう
1200兆円を超える長期債務残高、止まらない円安、急激な物価上昇―。国際社会における日本の地位も低下しつつあります。しかし、歴史を振り返ってみると、日本はある一定の周期で成長と衰退を繰り返しており、「輝きを取り戻すチャンスは十分にある」と柳沢先生は話します。過去の教訓をもとに、再び日本の強みを発揮するにはどうしたらよいのでしょうか。未来を担う子どもたちに向けて、柳沢先生が熱いメッセージを送ります。
文責=柳沢 幸雄
日本は“77年周期”で
成長と衰退を繰り返している
柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
国際社会における現在の日本の状況は、けっして楽観できるものではありません。経済協力開発機構(OECD)が公表する世界の平均賃金データによると、日本の平均年収は35か国中22位。さらに国際決済銀行が2021年に発表した円の「実質実効為替レート」は、1972年以来の円安水準を記録しました。これは、円の対外的な購買力の低下を示しており、日本が「先進国」ではなくなる可能性もゼロではないことを示唆しています。
過去に例を見ないほど深刻な状況に追い込まれている日本ですが、歴史を振り返ってみると、“77年周期”で成長と衰退を繰り返していることがわかります。たとえば、明治元年(1868年)から第二次世界大戦が終結する1945年までが77年、そして1945年の終戦から2022年までがちょうど77年です。この二つに共通しているのは、「初めの50年は諸外国を圧倒する勢いがあったが、その後は勢いを失い、徐々に衰退してしまった」ということです。
明治政府の成立とともに近代国家の仲間入りを果たした日本は、そこから約50年の間に、日清・日露戦争、第一次世界大戦の戦勝国となり、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアに肩を並べる世界の五大強国の一つになりました。ところが、その後はアメリカ発の深刻な金融恐慌に見舞われた後、第二次世界大戦に突入。ご存じのとおり、日本は惨憺たる敗北を喫しました。
一方、1945年からの50年間は、戦後の復興とともに驚異の経済成長を遂げ、日本は「Japan as Number One」と呼ばれるほどの経済大国になりました。しかし、その勢いもつかの間、1990年代初頭にバブル経済が崩壊すると、その後は景気の低迷が長期化し、今もなお続く“失われた30年”を迎えることになるわけです。
優れた能力を持っていても
“前例踏襲主義”が成長を阻む
日本人は、非常に勤勉で、能力の高い民族です。しかし、なぜ優れた能力がありながら、このように衰退してしまったのでしょうか。その理由は、“前例踏襲主義”にあるとわたしは考えています。
日本人は、まっさらな状態から何かを生み出すことが非常に得意です。そうした特性があるからこそ、明治維新によって社会構造が根本的に変わった後も、敗戦によって国土が焼け野原になった後も、他国を圧倒する勢いで大きな成長を遂げることができました。その一方で、一度成功を収めると、それ以降の世代は「前例に倣っておけば、失敗することはないだろう」と、“前例踏襲主義”に徹する傾向があります。自分の頭で考えることをやめてしまうので、そこから状況がじりじりと悪化し始めるのです。
これは、高校生のころまでは非常に優秀だった子どもが、大学生になった途端に均質化されてしまうことに似ています。日本の10代の子どもたちは、世界の子どもと比べても非常に賢く、優れた力を持っています。しかし、大学生くらいの年齢になると、周りの意見を気にしたり、相手の気持ちを忖度したりするようになるため、それぞれの「とがった部分」が失われ、没個性的になってしまうのです。つまり、日本人特有の「和」や「協調性」を重んじる姿勢が、本来のポテンシャル発揮を阻害してしまっているといってよいでしょう。
困難な状況は大きなチャンス
大切なのは「自分本位に生きる」こと
では、どのような心がけをすれば、前例や周囲の意見にとらわれず、持ち前の強みを生かすことができるのでしょうか。いちばん良い方法は、「自分本位に生きる」ことです。「自分本位」と聞くと、ネガティブな印象を受ける人も多いかもしれませんが、何も「身勝手に生きる」という意味ではありません。自分がやりたいと思うことに積極的に取り組み、自分が他人からされて嫌だと思うことはしないという、至ってシンプルな方法です。
自分がやりたいと思うことに取り組む際は、先人がどう感じるか、他人がどう考えるかを気にする必要はありません。人の考えは千差万別ですから、どんなに相手に気を遣ったところで、すべての人が納得する解決策を導くことは困難です。ならば、他人への気配りにエネルギーを割くよりも、自分のやりたいことを優先するほうが、限られた時間と労力を有効に活用できると思いませんか。
くしくも、新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、社会活動の在り方は劇的に変わりました。特に、リモートワークの普及は、これまでわたしたちが縛られていた時間や場所の制限を取り払ってくれました。これは若い人たちにとって、非常に大きな追い風です。ICTリテラシーに加え、世界中の人々とコミュニケーションを図るための高い語学力を身につけることができれば、日本人の能力は、ここからさらに磨かれていくはずです。
非常に困難な時代ではありますが、これから世の中に出ていく今の小・中学生はとても幸運だと思います。なぜなら、それぞれの知恵や働き次第で、この行き詰まった社会を大きく変える可能性を持っているからです。日本が置かれている状況を悲観することなく、自分の好きなこと、やりたいことを追求していけば、「二度あることは三度ある」というように、日本に再び躍進の時代が訪れることでしょう。新しいアイデアを携えた新進気鋭の若者たちが、これからの日本を引っ張っていってくれることを心から期待しています。
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