受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.08

自分の得意分野、専門性を高めて
「これができる」と言える生き方を

 『尖った子どもに育てなさい』(中央公論新社)という著書も出された柳沢先生。前回は「子どもの得意なことを見つけて、その力を伸ばすことが大事」というアドバイスがありました。今回は、なぜそうした得意分野を持つ「尖った子ども」に育てなければならないのか、なぜ個性が大事なのかについて語っていただきました。日本企業が不振に陥った要因の分析からは、「そこから脱却しなければ」という強い危機感と、子どもたちへの大きな期待がうかがえます。

文責=柳沢 幸雄

一流企業に就職すれば
それで安泰という時代ではない

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 なぜ「尖った子ども」に育てなければならないのか。それは、今の子どもたちが親と同じ年代になる30年後の社会で、生き残っていくことができるのは「尖った人」だからです。

 年功序列の終身雇用という日本型経営が通用していた時代は、一流大学を出て有名企業に就職すれば、安定した生活を送ることができました。社会人になった時点のキャリアだけで将来が約束され、失敗さえしなければ、定年まで勤めることができたのです。

 そうした親の世代が子どもだった約30年前の1989年、世界の企業の時価総額ランキングでは、上位5位までを日本の企業が独占していました。ところが現在、トップ50に残っている日本企業はトヨタ自動車だけです。現在は、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのいわゆる「GAFA」などIT企業が上位を占め、トップ10のうち30年前に存在していた企業はごくわずか。同じようなことが、子どもたちが大人になるまでにも十分に起こりえます。

 終身雇用によって、これまで日本人は「大きな組織」に対して強い信頼感を持ち続けてきました。しかしもう、大企業に就職すれば安泰という時代ではありません。その会社が30年後も存在しているかさえ定かではありません。今の子どもたちは、これからそういう時代を生き抜いていかなければならないのです。

無責任な前例主義からの脱却
的確な判断を下せる能力を磨く

 終身雇用による安定は弊害をもたらしました。それが、今、日本が抱えている最も根源的な問題である「前例主義」です。かつて隆盛を極めたものの、没落していく企業には、「時代の変化に素早く対応できなかった」という共通点があります。物事を決める権限を持っている人が役割を果たせていないのです。そうした物事を決められない人が頼るのが「前例」です。

 わたしが開成の校長になって間もなく、ある事案の対応を決める教職員会議があり、そのときも前例が提起されました。「5年前はこう対応しました」というわけです。もちろん、前例を踏襲してうまくいくかもしれませんが、それでは何も考えなくなります。いずれ機能不全に陥ってしまうでしょう。そこでわたしは、まず自分たちで考えて判断し、その後で前例を確認しようと提案しました。自分たちが出した案が前例と同じなら、「先輩、さすがですね」と、先達に敬意を払い、その決定を使う。前例と違うなら、もう一度審議をし、「先輩、申し訳ない。時代が変わったんです」と、自分たちの判断を優先させる。そうやって、常に自分たちで考え、決定するようにしました。

 さて、人はなぜ前例にすがるのでしょうか。多くの場合、判断した責任を負いたくないからです。「前例がこうだった」と言い訳ができる。前例に寄り掛かることで自分の責任を放棄しているのです。

 それはことば遣い一つにも表れています。1993年、わたしが10年ぶりにアメリカから帰ってきて驚いたのは、「○○させていただきます」ということばでした。渡米した10年前にはそういう言い回しはほとんど使われませんでした。その表現の裏には、「認めたあなたにも責任があります」と、決定責任を回避したい思いがあります。

 そうした言い方が広まった30年間が、日本の「失われた30年」と重なる気がします。決めることから逃れて責任を回避する。だから前例に頼る。そうやって機能不全に陥り、衰退していく。その意味では、「○○させていただきます」ではなく、「○○します」と言うのが当たり前になったとき、日本経済も立ち直っていくのかもしれません。

これからの時代を生き抜くため、
「強み」を持った「尖った子ども」に

 日本の家電メーカーが軒並み苦戦するなか、ある生活用品メーカーが業績を伸ばしています。聞けば大手メーカーの優秀な技術者を大量に中途採用しているとのこと。前例にとらわれず、自分たちの技術であれをやりたい、これをやろうという経営者の意欲を感じます。たとえ会社が傾いたとしても、「わたしはこれができます」と言える生き方をしていれば、次に進む道も見つかることでしょう。

 では、「わたしはこれができます」と言える分野を作るにはどうすればいいか。それには、好きなことや得意なことを見つけ、あるいは親が引き出し、支えてあげることが大切です。好きだからこそ夢中になり、夢中になってやるからこそ上達するのです。

 縦軸の上の部分が「得意」で、下が「不得意」、横軸の右が「好き」で、左が「嫌い」の十字のグラフでいうと、右上の「得意」で「好き」な第一象限の分野はどんどん伸びます。また、好きであれば、右下の不得意の第四象限でもそれほど苦労なく得意なものに変換できるでしょう。そうした分野を作り、極めることが生きていく力につながります。数年前、東京大学が推薦入試を導入しました。あらゆる科目が平均的にできる生徒よりも、1科目でも飛び抜けて優秀な尖った生徒が欲しい、それは社会からの要請でもあります。

 尖った子は、前例主義に陥らず、自分で判断し決断することができます。そのためには高い専門性を身につけていなければなりません。没頭できる、自分が興味あることや得意なことに取り組むのがその近道です。ぜひお子さんの得意分野を見つけてその力を伸ばしてあげ、これからの時代を生き抜く「強み」を持った、尖った子どもに育ててください。

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