挑戦するキミへ
Vol.02
中学受験の意味は「“師”を選ぶ」こと
成長を大きく左右する上級生の存在
遊びたい盛りの小学生にとって、中学受験は非常に大きな試練です。けっして楽しいことばかりではない受験勉強。志望校合格への厳しい道のりのなかで、ふと「なぜ、中学受験をしなければならないのだろう」「なぜ、受験させなければならないのだろう」と、疑問を抱くこともあるかもしれません。今回のテーマは、「中学受験をする意味」。学校に求められる「知育」と「生育」という二つの役割や、反抗期の子どもたちに対する上級生の影響力の大きさなどから、「何のために中学受験をするのか」を考えます。
文責=柳沢 幸雄
少子化や核家族化が進む現代
求められる「生育」の場
柳沢 幸雄
やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。
新型コロナウイルス感染症の流行は、既存の価値観に多くの変化をもたらしました。これまでの“当たり前”が、根底から覆されるような状況において、中学受験をためらっているご家庭もあるかもしれません。しかし、このコロナ禍にあってもなお、中学受験をすることの意味は、以前と変わらないどころか、むしろ深まっているのではないか、とわたしは感じています。
中学受験の意味についてお話しする前に、まず、その前提となる「学校」という教育機関の役割について考えてみましょう。
わたしは、学校には「知育」と「生育」の二つの役割があると考えています。ここでいう「知育」とは、知識を学ぶ場、「生育」とは、生活力や対人コミュニケーション力を身につける場、という意味です。
時代をさかのぼって考えてみましょう。たとえば江戸時代。「知育」は、寺子屋などがよく知られるように、みずから先生のところに行かなければ、容易には享受できないものでした。一方で、「生育」の役割を担っていたのは、主に地域のコミュニティーや家族(今より構成人数の多い“大”家族)でした。
しかし、現代は逆です。インターネットのおかげで、われわれは家に居ながら、さまざまな知識を得ることができるようになりました。その半面、地域のつながりは希薄化しています。少子化や核家族化の影響で、同居家族の少ない現代の子どもにとって、「生育」のかなう場は、学校くらいしか残っていないというのが現状なのです。
オンライン化が進めば進むほど
高まる「生育」の価値
新型コロナウイルスによる各校の休校措置は、これからの「知育」と「生育」の在り方を考える良いきっかけになりました。休校期間中、多くの学校がICTを駆使したオンライン授業を展開しました。多くの学校が工夫を凝らし、対面授業に引けを取らない水準で学びを進めました。このことを考えると、どうやら学校が持っている「知育」の役割については、ある程度はオンラインでカバーできるようだということがわかってきました。
しかし、そのオンライン授業が、完全に対面授業に代わるものになり得るかといえば、答えは「否」です。生徒たちは、通常どおりに対面授業が行われないことや、友だちと会えないことに少なからずストレスを感じています。それは、これまで当たり前のように行われてきた「生育」、つまり、「対面を介したコミュニケーション」が、実は学校という機能の大部分を支えていたということの証しでもあるのです。
人間は、群れで生きる生き物です。クラスやクラブといった大きな生徒集団のなかで、自分の“立ち位置”を見つけることは、社会で求められる適切な振る舞いを身につけるうえで非常に重要です。このことからも、今後、技術が発達し、「知育」がオンラインで行われるようになればなるほど、それぞれの学校が持つ「生育」という機能の価値は、ますます高まっていくのではないでしょうか。
中学と高校が分断されない環境で
「“師”を選ぶ」ことの意義深さ
この「生育」が、特に高い教育効果を発揮するのは、上級生の姿を「見よう見まね」で吸収することのできる環境下においてです。特に、反抗期を迎えた13歳前後の子どもにとって、3~4歳上の「あこがれの上級生」の存在は、親や教員とは比べものにならないほど、大きな影響力を持つものです。
しかし、日本の教育制度上、義務教育は中学までで、高校への進学は任意です。大半の子どもたちは中学校を卒業後、高校に進学するとき、あらためて受験せねばならず、高校で“再編成”されます。このように、上級生の存在が最も必要な時期に、中等教育が3年ずつに分断されてしまっている状態では、自分にとって最適なロールモデルを見つけるのは、なかなか難しいものです。ところが、中1から高3までが同じ場所で学ぶ中高一貫校であれば、そのような心配はありません。むしろ、「生育」にとって、これほど望ましい環境はないでしょう。
開成高校は、毎年、東京大学の合格者を多数輩出することで知られますが、教員が東大受験を奨励しているわけではありません。では、なぜ、みんな東大をめざすのか。その答えは、「先輩が行ったから」です。間近に見てきた先輩が、難関大に合格すれば、「もしかしたら、自分も行けるのでは」と思うもの。大学受験に限らず、みずからを先輩の姿と重ね合わせて、何事にも果敢に挑戦するというサイクルが、何代にもわたって繰り返され、生徒の可能性を広げているのです。
子どもは親を選んで生まれてくることはできません。しかし、幸いにも、先輩を選ぶことはできます。「この人、すてきだな」「こういう人になりたいな」と思える上級生と親しくなり、その人の行動や考え方をまねすればいいのですから。
成長するというのは、すなわち「“師”を選ぶ」ことでもあります。お子さんの個性に合った“師”に出会えそうな学校を選び、「生育」に適した環境を見つけること。これこそが、中学受験の意味であり、めざすべきところなのだと思います。
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