1922年の創立以来、いつまでも自分を高め続ける「自彊不息(じきょうやまず)」の精神を受け継ぎ、自立した、社会で活躍できる女性の育成をめざす十文字中学・高等学校。理科実験施設「サイエンスパーク」の整備や高校での新コース制の導入、探究学習の刷新など、さまざまな改革を進めています。今回は、2022年度から中学の数学で展開している個別最適化プログラム「J-PALM(ジェーパル)」による授業の様子をレポートするとともに、本プログラムの開発を担当した数学科教諭の星川潤先生に、導入の経緯や学習効果について伺いました。
クラスメートや先生に相談しながら
思い思いのスタイルで数学の授業に集中
数学科教諭・中2担任
星川 潤先生
十文字中学・高等学校が、数学の授業に「J-PALM(ジェーパル)」という独自開発の個別最適化学習プログラムを取り入れたのは2022年度のこと。「数学は生徒の理解度に差が出やすい教科なので、従来の一斉授業では、苦手な生徒は置き去りにされる可能性が高く、もっと学びたいと思っている生徒は思うように力を伸ばすことができません。それでは授業はおもしろくないでしょう。もっと楽しく学べる授業を実現したい、一人ひとりの理解度に合った学習で確かな学力を養いたいという思いから導入を始めました」と数学科教諭の星川潤先生は話します。
J-PALMは「Jumonji Personalized Active Learning in Mathematics」の略で、「PALM」は英語で「手のひら」を意味します。その名には「一人ひとりに合ったペース・方法で積極的に数学を学んでいこう! 自分の可能性を自分の手で育てていこう!」という思いが込められています。2年前の中1から順次スタートし、現在は中1から中3までがこのプログラムで学んでいます。
では、実際にどのような授業が行われているのでしょうか。初めに見学したのは中2の授業です。テーマは「データの活用」。チームティーチングによる指導の下、ヒストグラムと相対度数について学びます。生徒たちは4~6人で机を寄せ合い、自身の理解度を確認したり、わからないところを友だちと教え合ったり、先生に質問したりと、思い思いに問題演習に取り組んでいます。このように、自分のペースで学習を進められるのが、このプログラムの最大の特徴なのです。
J-PALMは、何を目的として、どんなことを学んでいくのかを理解する「概念導入(一斉授業)」、教科書やデジタル教材(Libry)を活用して個別に自由進度学習を進める「J-PALMタイム」、学習理解度の確認と内容の補足を行う「チェックテスト&フィードバック」、身の回りの数学のおもしろさに触れる「数学探究」の四つのフェーズに分かれています。チェックテストまでのサイクルを1週間で回し、単元の最後に探究を行います。
次に見学した中1の教室では、「数学探究」の授業が行われていました。テーマは「方程式」です。修学旅行に行くときの新幹線の座席を想定し、1人だけ離れる生徒を出すことなく、みんなが隣り合わせに座る配置を考えるという内容です。プロジェクターを使って、2人席が2列並んだ車両と、2人席と3人席が並んだ車両が黒板に映し出されます。さっそく3~4人のグループになり、「①一人で座らない」「②知らない人が隣に座らない」という条件を満たす座り方を相談しながら、配られたワークシートに取り組む生徒たち。その表情は、楽しさに満ちあふれています。修学旅行という身近な題材を取り上げたことで、生徒たちも日常生活のなかで数学の知識が役立つことが実感できた様子です。「いろいろな気づきがあって、数学探究は楽しい」という声が上がるのもうなずける授業でした。
目標は「自走する生徒」を育てること
夢の実現に向けた力を身につけてほしい
J-PALMを導入してからの生徒の大きな変化として星川先生が挙げたのは、学習に対する受け身の姿勢がなくなったことです。教えてもらうことが当たり前だった生徒が、自分で調べる、人に聞くなどして、自主的に学ぼうとするようになったと言います。その理由の一つが「学習シート」です。1回の授業での目標、授業の振り返り、家庭学習の内容、チェックテストまでの目標などを自分で記入して日々の学習を進めるので、これまでの一斉授業のときのように「全然わからない」とあきらめた生徒は見られなくなったそうです。一方、意欲のある生徒はテスト範囲に関係なく、自分自身が必要な学習を考えて進められるので、その力を最大限に伸ばしています。
この学習シートは単元学習後に回収され、教員がすべてチェックしてコメントを書いて返却します。「これも声掛けの一つです。うまく書けない、目標の設定の仕方がわからない、思ったように学力が伸びないなど、さまざまな苦労が見られますが、こうした試行錯誤も成長のためには必要です。失敗を繰り返すなかで『自己調整学習力』が育まれるのです」と星川先生は考えています。
また、数学力の底上げには「ReMaSt検定」も役立っています。これは、中2以降の授業の初めの5分間に小テスト形式で行われる、計算力とスピードを図る同校オリジナルの検定。生徒は自分の級に合わせた問題に取り組み、合格するとシールがもらえます。もらったシールは教室前に掲示された一覧表に貼っていく仕組みになっています。このように結果をオープンにしているのは、「個別最適化学習と合わせて計算力を高めて、数学の理解度や学ぶ力を深めてほしいから」と星川先生は言います。「出題範囲はあらかじめ伝えているので、毎日こつこつ取り組んでいれば難なくクリアできます。学力の高さではなく努力の量をはかるテストであり、シールの進み具合を見て声掛けもできます」
さらに、教員はこまめに授業アンケートを取り、生徒の率直な意見を吸い上げて授業に生かしています。2022年度入学生を対象に実施したアンケートでは、89.3%が「数学に関して成長を感じる」と答え、83.7%が「自分が何をわかっていないか、意識しながら勉強している」と回答したそうです。「この3年間で自己調整学習力は磨かれているので、今後は生徒からの要望が増えてくるでしょう。生徒の自己肯定感を認めつつ、どの選択肢がベストなのか模索しながら、今後は高校でもプログラムを組み立てていきたいと考えています」と展望を述べます。
高校では「リベラルアーツコース」「特選(人文・理数)コース」「自己発信コース」という三つのコースに分かれますが、十文字が掲げる「自走できる生徒を育てる」という目標に変わりはありません。最後に、星川先生は「J-PALMを通じて、大学受験だけでなく、社会に出てからも役立つ一生ものの力を身につけてほしいというのがわたしたちの願いです。ぜひ、今後の本校での学びにご期待ください」とメッセージを送りました。
中1「数学探究」の授業。新幹線にはなぜ2人席と3人席があるのか、先生が生徒に問い掛けます
グループに分かれて問題演習に取り組む中2生たち。ノートパソコンを開いて進める生徒もいます