この人に聞く
2024年度より完全中高一貫化
探究型の学びと国際理解教育を柱に
6年間を見通した系統的な指導を実践
2010年に附属中学校を開校して以降、革新的な教育を実践するモデル校としての役割を果たしてきた東京都立大泉高等学校・附属中学校。2024年度には全学年が中学からの入学者となり、完全中高一貫型のカリキュラムへの移行も完了します。社会を変えていく力をつけるための探究学習と国際理解教育、そして進路指導の方針について、校長の俵田浩一先生に伺いました。
社会が抱える課題に向き合う
「ソーシャルイノベーター」をめざす
広野 2022年からは高校募集を停止し、完全中高一貫校へとかじを切られましたが、まずはその目的と今後の展望についてお聞かせください。
俵田 現在の高3生が、高校からの入学者を含む最後の学年となり、来春からは全生徒が中学からの一貫生となります。2010年の中学開校以来、本校では、「自主・自律・創造」というスクールミッションの下、高い倫理観と飽くなき探究心を兼ね備えた国際社会のリーダーの育成をめざすグランドデザインを築き上げてきました。その核となるのが、成長段階に応じた探究活動です。社会を取り巻くさまざまな問題に関心を向け、解決策を考え、自分たちでアクションを起こすところまで「高める」ためには、6年間を見通した系統的なプログラムでないと実現できないと感じたからです。
広野 東京都の知的探究イノベーター推進校として、さまざまな取り組みを導入されていますが、中学段階ではどのような活動を行うのでしょうか。
俵田 探究学習というと、興味・関心のあることを追究していく学びだと思われがちですが、将来を担う人材へと成長してもらうためには、社会を良い方向に変える視点を持ってほしいとわたしたちは考えてきました。これからの時代は、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった「VUCA」ということばで表されるように、次々と生じる予測困難な問題に対して、目を背けずに考え、解決していく能力が不可欠です。中学では、自分の身の回りで起こっている社会問題に目を向けさせることから始めます。
都立中高で唯一の人工芝のグラウンド。サッカーの公式戦会場としても使われる国際規格の広さがあり、テニスコートも6面設置されています
広野 確かに、いろいろな情報を与えられても、無関心からは何も生まれません。とはいえ中学生、とりわけ入学したばかりの中1生に、身近な社会問題に目を向けさせるのは難しくはないですか。
俵田 まずは「地域に目を向けてみよう」ということで、1学期には地元・練馬区でフィールドワークを行います。時には、区役所の職員やNPO団体、企業家の方々に協力していただき、講演会やセミナーを開くこともあります。商店街、公園、公共施設などを訪れて、肌で感じたことと、それに対する行政の取り組みを結びつけて、練馬区はどういう町かを知り、「もっと暮らしやすくするにはどうしたらいいか」と考えるきっかけにするのが目的です。
広野 生徒は練馬区内在住者が多いのですか。
俵田 区内在住は約半数ですが、交通アクセスの良い板橋区や西東京エリアも含めると9割近くがいわゆる「地元」からの通学になっています。それでも、いざ探究してみると、知っていると思っていた「わがまち」について、新たな発見があるようです。選ぶテーマは福祉や交通網の整備、緑化活動、商店街の活性化などさまざまですが、中学生なりに「住みやすく、魅力的な町にする」ことを真剣に考えています。
解決策を考えるだけで終わらせない
実現に結びつけるまでが重要
トレーニングルーム、屋上プール、柔道場などがそろう体育館施設。アリーナはバスケットコートが2面とれる広さがあります
広野 ローカルな問題が、実は日本が抱える社会問題の縮図となっていますから、当事者意識を芽生えさせるには、なるほど有意義な活動ですね。
俵田 グローバルリーダーになるためには、まず目の前にある問題に気づくことが重要です。本校の卒業生でもある池上彰氏が提言されているように、日本をはじめとする先進国が抱えている社会問題は、新興国やそれに続く国々もいずれ抱えることになるはずです。だからこそ、これからの日本は「課題先進国」として、他国をリードできる存在にならなくてはなりません。
広野 探究した結果を発信する機会は、どのように設定しているのでしょうか。
俵田 中1の3学期には「大泉会議」と題し、生徒たちで議論を交わす場を持ち、最終的には練馬区への政策提言にまでまとめ上げます。さらに、中2・3では、統計資料を読み解き、国内外での課題解決の実践例などもからめて、ポスターセッションを行います。得た知識や考えたことも多くの人に伝えなければ意味がありません。調査やまとめ、発表までの過程で、ICTスキルもおのずと鍛えられていきます。
広野 校外学習も充実していると伺っています。
俵田 千葉県木更津市にあるクルックフィールズでの有機農業体験を通じて、持続可能な社会についての取り組みを学びます。社会問題の研究者や企業の方といったプロフェッショナルによる講演会を定期的に行うのも、生徒の視野を広げ、社会で起こっていることに興味・関心を持ってもらいたいからです。これらの探究活動も5年目を迎え、生徒の間にも自主的に行動に移そうとする意識が芽生えてきたと手応えを感じています。
広野 その成果はどのようなところに表れているのでしょうか。
俵田 たとえば、中1の練馬区への提言から、何かアクションを起こしたいと考えたグループが、練馬区の方と一緒に子育てへの理解を促すための企画展を本校の図書館で開きました。「区役所の方とコラボレーション企画を進めたので、図書館を使わせてほしい」と生徒に相談されたときは、少し驚きました。そのほか、保育園や小学校での啓発活動的な授業を計画したグループもありました。「社会の一員として役に立ちたい」という意識が芽生えたことは頼もしく、喜ばしいことではありますが、わたしたちとしては、その行いを単なるボランティア活動で終わらせてほしくはないと考えています。そこで、生徒たちには「参加してくれた人たちの声や反応を、次に生かせるようにリサーチするつもりで取り組もう。多くの人の意識を変えることで問題解決につながれば、ボランティアが必要なくなる持続可能な社会をめざせるよ」と説いています。
高校の探究学習はゼミ形式
校内発表で興味・関心を広げる
約400人を収容できる視聴覚ホール。学年集会や外部講師によるセミナーの会場として使用される機会が多く、音響設備も整っています
広野 すばらしいですね。高校ではどのように発展させていくのでしょうか。
俵田 高校では、「探究と創造」の授業が始まります。高1は週1時間、高2は週2時間、高3は希望制で週3時間、文献や資料、論文を探して読み込むといった、本格的な研究のメソッドを身につけることを目的に、探究テーマに合わせたゼミ活動を中心に行っています。ゼミでは15名ほどのグループに一人の教員がつき、東京大学や早稲田大学の大学生・大学院生もティーチング・アシスタントとしてサポートに当たります。高1では中間発表を経て、3学期にはその成果をポスターにまとめて発表し、高2からは論文の執筆に取り掛かります。英語のゼミを選択している生徒は、英語での発表が行えるように進めます。今年度の高1からは新たに「福島探究合宿」も実施しています。東日本大震災の被災地を訪ね、災害から復興までの現状や原子力発電所の再稼働に関する課題にも触れ、最先端のロボット研究所なども見学しました。
広野 高校生になると教科学習の知識もつき、課題に向かう意識も変わってくるのではないでしょうか。
俵田 中学段階から、社会活動に貢献する大人と出会い、さまざまな方とかかわる機会を与えてきたことで、自分たちが学び考えたことを社会に向けて発信しようとする意欲が強くなっていると感じます。国際シンポジウムや高校生フォーラムなどに参加する生徒も年々増え、日本学生科学賞で科学技術振興機構賞を受賞した者も出ました。
広野 そういうロールモデルとなる存在が増えると、学校全体の底上げが図れますね。
俵田 先輩の姿を見て、後輩が触発される効果は大いに期待したいところです。そこで、2022年度から始めたのが、中1から高2までの5学年が合同で探究テーマを発表する「大泉アワード」です。個人またはグループ、ポスター発表や論文形式など、学年により形式は異なりますが、さまざまな分野の探究成果を聞くことができます。中学生には難しい内容のものもありますが、上級生のレベルを見ておくことは、その後の探究活動のプラスになるはずです。
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