受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「侍ハードラー」が教える目標達成メソッド

能力を開花させるためには
長期的視野と戦略的な思考が必要

 400mハードルの国際大会で数々の実績を上げ、日本記録保持者でもある為末大さん。現在は、身体を通じて人間の可能性を探究するプロジェクトに取り組むほか、ランニングクラブを運営して子どもたちの指導にも携わっています。そのストイックなイメージから、現役時代は「侍ハードラー」と呼ばれた為末さんに、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がインタビュー。子どもたちの可能性を引き出す方法を伺いました。

継続を前提としつつも
時には力を抜き、休む期間を

髙宮 受験には、オリンピックのような面があります。本番に向けて長期にわたって努力しなければなりません。切磋琢磨するライバルがいます。家族のサポートも重要です。いろいろな挫折を乗り越えながら本番を迎えても、最後の最後で、北京冬季オリンピックでの羽生結弦選手のように、「氷に嫌われる」というアクシデントがあったりもします。そうしたことも含めて、本番で力を発揮するには、どうしたらいいのでしょうか。

為末 スポーツの世界では、パフォーマンスを上げるために大切な要素が二つあります。それは、「大会当日に何をするか」と、「そこまでに何をするか」です。スポーツでは準備にも2種類あって、能力を鍛える練習と、本番に合わせて体調を整えるピーキングがあります。体調管理も含めて、日々の能力の強化が大事な点は、受験と共通していますね。

 当日やることに関していうと、「自分をきちんと知る」ことが大切です。自分ができることを把握して、実力以上のことをやろうとしてはいけません。「自分でコントロールできないものは意識せず、コントロールできることだけをやる」「自分のベストを尽くして、他人を意識しない」などと表現する競技者もいます。当日に起きるアクシデントについては、自分ではコントロールできないので、あれこれ心配しないことです。限られた時間で、できることをやるしかありません。とにかく、「今までやってきたことを全部出し切ればよい」という気持ちが大切になります。全部出し切ったら、それで良しとするのです。

髙宮 日々のトレーニングのなかで、その効果をなかなか実感できないときはどうしますか。

為末 スランプに陥ったときにいちばん重要なのは、継続することです。やめてしまったら、それで終わりです。ただし、同じやり方をフルに続けろというのではありません。ちょっと弱めたり、やり方を変えたりしながら、とにかく継続させることに重点を置きます。特に追い込まれているときほど、少し休んで時間をおくことが必要になります。時間をおくと、頭のなかの情報が整理されますし、違う視点で物事が見えてくることもあります。継続することを前提として、時には力を抜き、休む期間を設けることを心がけるべきです。

 また、成長を期待し過ぎないことも大切です。勉強でもスポーツでも、成績が右肩上がりに伸び続けることは、まずありません。トレーニングを一定期間積み重ねるまでは停滞し、あるときに急に伸びるというのが一般的な成長のプロセスです。どんなにがんばっても、成績は急には上がらないのが普通だと思ったほうがよいでしょう。

結果をイメージしながら
「楽しむ」能力が求められる


新豊洲Brilliaランニングスタジアム
〒135-0061 東京都江東区豊洲6-4-2
TEL:03-5144-0404
URL:running-stadium.tokyo 別ウィンドウが開きます。

髙宮 為末さんは、数々の国際大会に出場されています。グローバルな舞台で活躍するには、何を心がけたらよいのでしょうか。

為末 語学力をはじめとして、身につけたいものはいろいろありますが、まずは「どのような環境・境遇でも、楽しく生きていける」という能力が必要です。現役時代にいろいろな選手を見てきましたが、どんなに優秀でも、環境が変わったり、逆境になったりしたときに落ち込み、力を発揮できずに終わった人が少なくありませんでした。確かに、陸上競技は孤独で、つらいことが多いものです。でも、そうしたなかで最後に残るのは、「楽しむこと」が上手な選手です。

 ジャンルは何であれ、目標までの過酷なプロセスをどう楽しむかで結果は変わってきます。「楽しいと思うことをやる」のではなく、「やっていることを楽しむ」と考えることが、いちばん重要だと思います。

髙宮 陸上競技の苦しい練習を、為末さんはどのように楽しんでいらっしゃいましたか。

為末 わたしは自分自身で「仕掛ける」と呼んでいましたが、「こんなふうに練習したら、こうなって、そうするともっと速くなるのではないか」と想像しながら、練習をしていました。練習を「やらなければならないもの」ととらえるのではなく、「こうしたほうがいいのではないか」と仮説を立て、それを実証する場と考えていました。いわば、将来のビジョンを持ちながら練習をする、という感覚ですね。そして、仮説が実証されたときに、大きな喜びを感じていました。

髙宮 勉強に関していえば、「これをやれば、こうなるだろう」とイメージしながら、目の前の問題を解いていく感じでしょうか。

為末 そうですね。「これができるようになると、ご褒美がもらえる」とイメージしながら、楽しさをつくり出し、それをモチベーションにしていけるといいですね。

髙宮 わたしたち大人は、子どもたちが自分の将来の姿を思い浮かべ、楽しみながら日々の学習に励めるような環境をきちんと整えなければなりませんね。

 本日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

『為末メソッド
自分をコントロールする100の技術

為末 大 著
日本図書センター 刊
1,540円(税込)

 競技者として、事業家として、実践してきた自分をコントロールする「モノの見方・考え方」「心の在り方」を、100のメソッドとして公開。「長所・短所は単なる『かたより』」など、仕事や育児をするうえでのヒントになることばに出会えます。

『生き抜くチカラ
ボクがキミに伝えたい50のことば

為末 大 著
日本図書センター 刊
1,430円(税込)

 楽しいことばかりではない毎日。でも、ちょっと工夫をしたり、思い込みを捨てたりすることで、心が自由にしなやかになり、苦しいことから距離をとって歩んでいくことができるはずです。そんな生きるためのコツが紹介された本書は、小学校中学年から読むことができます。

22年5月号 子育てインタビュー:
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